« 短説:作品「川下り」(米岡元子) | トップページ | 東京座会で「江戸城展」探題会 »

2007年2月12日 (月)

評論「カエルの鳴き声から」芦原修二

-第五回藤代短説講座(平成三年一月)座会要約より-

茨城県北部の『艶笑小話』「カエルの鳴き声」から……
芦原 修二

 春の田んぼで、カエルが「ゲロゲロ、ゲロゲロ」と賑やかに鳴いています。あれはいったい、どんな会話をしているのでしょうか。これは茨城県北部の美和村に住む長岡正夫さんが父から伝え聞いたという話です。美和村のあたりでは裸のことをデンコというそうです。そして、
「田んぼの若いオスガエルは『デンコで来(こ)、デンコで来。裸で来、裸で来』と鳴いているそうです。それにメスガエルがこたえて『どこでやんの、どこでやんの、~~』。そこでオスガエルが『どこでもいい、どこでもいい、~~』。この騒ぎをきいて舅のカエルがつぶやきます。『バカバカシッ、バカバカシッ、~~』」
 話はこれだけです。きわめて短い。だいたい口承文芸はこんなふうに短いことが肝要で、短くなければ飽きられます。
 ここで気をつけてほしいのはなぜ「バカバカシイ」のか、舅の気持ちのよってきた理由が説明されていないことです。すなわち原葵さんのいう「ストーリーはあるがプロットがない」という言葉を思い返してほしいのです。つまり、舅のつぶやきの理由を書けば、それは説明です。説明文ほど読者を退屈させるものはありません。
 ところで、ここのところで舅の気持ちがよく解るという方がおられたら、その方はもう人生をだいぶやってこられた方に違いありません。
 子供にはわからないでしょう。子供はおそらく「デンコでこ」というあたりを理由なく面白がります。
 そして十八、九の若者なら「どこでもいい」という気持ちを心底理解するはずです。
 この話には『短説』に対するいくつかのサジェスチョンが含まれています。世間は、舅の「バカバカシイ」という気持ちもわかるようでなければ、小説は書けないとしています。それも事実です。が、さらに「どこでもいい」というような情熱も作者には必要で、それがなければ、書くという行為は持続できません。



〔発表:平成3年(1991)1月第5回藤代短説講座/初出:「短説」1991年3月号〕
Copyright (C) 1991-2007 ASHIHARA Shuji. All rights reserved.

|

« 短説:作品「川下り」(米岡元子) | トップページ | 東京座会で「江戸城展」探題会 »

文化・芸術」カテゴリの記事

短説論・作品批評」カテゴリの記事

コメント

 このブログを始めて、ちょうど200件目の記事になります。
 どうも情熱が散漫になっている折、月刊『短説』のバックナンバーを
ぱらぱら捲っていたら、芦原さんの懐かしい評論に出喰わしました。
これは今も、いやこれからも生き続ける言葉ですね。
 僕も舅の「バカバカシイ」が解る年になりましたが、「どこでもいい、
どこでもいい」という気でいたいものです。

投稿: 短説ブログ編集人 | 2007年2月12日 (月) 23:34

いや~、なんとなつかしい文言。
じつは、今思い出したのですが、芦原氏が
このオハナシをなされたとき、小生はその場に
いたのです(多分、間違いありません)。
あのときの照れたような、それでいて「わかって
もらえるかな~」というような横顔を記憶しております。
「文字面」だけでなく、すぐ氏の横でこの「小話」を
聴けた幸運を今感謝しております。
それにしても、「どこでやんの」と「どこでもいい」
そして「バカバカシ」を話すときの声は、カエルさんに
なりきっていて、その場にいらした女性陣が大笑いしていた
こともなつかしく思い出されました。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2007年2月14日 (水) 20:37

この小話は三度ほど聴きました。
とっても面白くって想像してしまいました。葦の切り口の鋭い部分、さぞかしイタイのだろうと。二度目は少し短縮されて、三度目はもっと短縮してお話になっていましたが、ちょっぴり気恥ずかしさが滲んでいましたね。懐かしい思い出です。

投稿: 米岡元子 | 2007年2月15日 (木) 19:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 評論「カエルの鳴き声から」芦原修二:

« 短説:作品「川下り」(米岡元子) | トップページ | 東京座会で「江戸城展」探題会 »