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2007年3月

2007年3月31日 (土)

神田駿河台下の桜

Ts2a0406 錦華小学校(現・お茶の水小学校)前の桜をメインに、明治大学のリバティタワーを見上げた図です。昨日の昼休みに写しました。すでに花吹雪状態でした。

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2007年3月20日 (火)

短説:作品「鶏」(太秦映子)

   
 
            
太秦 映子
 
「こっ、こっ、こっけーこっこっ」鶏が鳴い
た。走り出した。
「ごっごっ、ごっごっ」後を一羽の鶏が追う。
十坪の鳥小屋の中を追い回す。あっちにぶつ
かり、こっちに飛び回り、逃げ回る。天井近
くの梁に飛び乗った。
 翌日、又、追い回している。梁に飛び乗っ
て下りてこない。夕方、下りた。
 次の日、二羽で追い回している。梁に飛び
乗った。下りて来ない。日暮れて、下りた。
 その次の日、五羽で追い回している。
 又その次の日、十五羽、全部で、追い回し
ている。
「ぎゃーっ、ぐっぐっ、ぐっぐっ」と逃げ回
る。「ごっごっ、ごっごっ、どっどっ、どっ
どっ」一羽を十五羽が追い回す。
 一羽が追いついた。尻を突付いた。
「ぎゃっ、ぎゃっー」羽根を広げ、足をばた
っかせ、梁に飛び上がった。羽毛が一掴み分
抜けた。土ぼこりが舞い上がった。下で十五
羽が騒いでいる。
 次の日、梁から鶏は下りて来ない。十五羽
は餌を食べ、水を飲み、砂を浴び、卵を産む。
 翌日梁から下りた。十五羽が追いかける。
すぐ追いつかれた。一羽が尻を突付いた。
「ぎゃっ、ぎゃっ」逃げる。二、三羽が追い
ついた。尻を突付いた。
「ぎゃっごっ、ごっ」くちばしを突き出し、
とさかを立てて逃げる。十五羽が追いかける。
追いつかれた。十五羽は尻を突付く。逃げる。
走り回る。突付かれた尻から血が出た。十五
羽は十五のくちばしで突付く。腸を突付き出
した。血まみれの腸を引きずりながら、鶏は
逃げ回る。
「こいつはもう駄目だ。鶏鍋にでもするか」
と飼い主が小屋から出した。


〔発表:平成15年(2005)11月上尾座会/初出:2006年2月号「短説」/WEB版初公開〕
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2007年3月14日 (水)

あの絶叫ヴォーカルが……

 今、ネットのニュースを見ていたら、元モップスの鈴木ヒロミツさんがお亡くなりになった由。びっくりした。本日午前10時2分、肝細胞がんのため死去、享年60歳とのこと。ショックだ。
 僕は「ザ・モップス」が大好きなのだ。パソコンにも取り込んで、いつでも聴けるようにしている。今も追悼に名曲「朝まで待てない」~「あの娘のレター」「ベラよ急げ」「朝日よさらば」「消えない想い」をかけながらこれを書いている。
 いわゆる“グループサウンズ”の一バンドとして1967年にデビュー。GSは、リバプールサウンズ系、ベンチャーズやビーチボーイズ系、カレッジフォーク系に分かれるが、モップスはウッドストックに象徴されるヒッピー・ムーブメントに影響されて出てきた。あるいはそういう路線を売り込み戦略としていた。GSとしてはインテリ揃いで、音の傾向は異なるが、のちのはっぴえんどや頭脳警察など、本格的なロックへの移行を孕んでいた。
 1968年4月に発売されたファーストアルバム「サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン」は、現在でも海外の“ガレージ・パンク”ファンの間では最高傑作と讃えられている。ジェファーソン・エアプレインのカバー「あなただけを(Somebody To Love)」は、オリジナルも素晴らしいのだが、鈴木ヒロミツのヴォーカルはそれをも凌ぐほどである。それと星勝のファズ・ギター。最高にカッコいいのだ。バンド解散後、鈴木ヒロミツはコメディアンに近い俳優・司会業に転身してしまったが、あのヴォーカルは日本のロック史上に残るものでしょう。
 ともかく、ご冥福をお祈り申し上げます。最近、この台詞が多くて……。

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2007年3月10日 (土)

〈年鑑〉三位選と自選作の送付について

 わが家には三日前の三月七日に、月刊『短説』の2月号が届きました。みなさんのところへもすでに届いていることでしょう。
 今月は表紙を開けると、「平成18年度10傑選ならびに自選用紙」というプリントが折り込まれています。そうです。今年も年鑑の季節がやってきたのです。案内が遅れたため、今年は一ト月締切りがズレていますが、ちょうど年度末ということでキリがいいのではないでしょうか。
 もうここ数年ずっと言い続けてきたことですが、年鑑三位選の集計ならびに自選集はわれらが〈短説の会〉の一年間の集大成ですから、全同人・全会員が投票&投稿に参加してください。

 さて、そのアンケート用紙の記入方法は例年通りですが、今年は送付先が異なり、宛先も二箇所に分かれます。すなわち、

・天地人我の選評は、専用の用紙を短説の会・本部へ郵送。
・自選作は、西山宛になります。

 自選作は、メールの繋がる方は、極力メールで送稿お願いします。各種ワープロ・ソフトで書いた原本添付ではなく、なるべくメール本文にコピー&ペーストして、テキスト形式で送ってください。

 3月号の校正も、2月号が届いた日に芦原氏に入稿済です。少しペースが戻せました。この調子を続けたいと編集者一同奮闘しています。各座会の皆様もご協力お願い致します。何はともあれ、〈年鑑〉には一人でも多くの参加を希望しています。

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2007年3月 3日 (土)

短説:作品「ピンク鼻」(錦織利仁)

   ピンク鼻
 
            
錦織 利仁
 
 懐中電灯を照らし、ふらふら出かけるのは
やらねばならない義務だから、守は、少し遅
れはしたが、牛舎に着いた。
 突然、産気づいたり、何かのトラブルに巻
き込まれている場合もあるが、この日は何事
もなかった。
 ほし草の上で、後足をパカパカさせている
子牛がいる。守はこの牛を、誕生のときから
見てきた。他の牛と違って、鼻の色がピンク
なのが特徴であった。ただそれだけで、他の
子牛とは別の感情で接していた。
 夜回りのたびに、ピンク鼻をかまった。そ
のうち、守をわかるようになった。
 残念なことに、ピンク鼻は雄であった。農
場では、雄は肉牛として、いずれ売られてい
く運命にあった。
 ピンク鼻は、子牛舎から、少し大きな雄牛
だけの雑舎に移された。
 守は、いつものように牛舎の掃除をしてい
た。ふんにまみれたほし草をかたづけ、新し
いほし草を敷く。突然、作業中の守の肩にの
しかかる牛がいた。ピンク鼻だった。
「このバカタレが」
 守は、げんこつで眉間をこづいた。
 近くにいた獣医さんが、たいそう驚いた。
「きみたちは、ホモだちだね」
 雌牛の種付けをするさい、牛の発情を見極
めるのに、牛が牛に背後から乗りかかるとい
うのが、一つの目安になる。多くは乗りかか
った牛、もしくは両方が発情している。
 すぐには、肉にされはしないだろうが、ピ
ンク鼻は、他の雄牛と一緒に業者に引き取ら
れていった。
 その日、蒔いておいたオクラの種が、プラ
ンターの中で、二つ、三つピンクの殼を破っ
て芽をふいているのを見つけた。

発表:平成7年(1995)6月東京座会/初出:「短説」1995年8月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.6.18〕
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