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2007年3月 3日 (土)

短説:作品「ピンク鼻」(錦織利仁)

   ピンク鼻
 
            
錦織 利仁
 
 懐中電灯を照らし、ふらふら出かけるのは
やらねばならない義務だから、守は、少し遅
れはしたが、牛舎に着いた。
 突然、産気づいたり、何かのトラブルに巻
き込まれている場合もあるが、この日は何事
もなかった。
 ほし草の上で、後足をパカパカさせている
子牛がいる。守はこの牛を、誕生のときから
見てきた。他の牛と違って、鼻の色がピンク
なのが特徴であった。ただそれだけで、他の
子牛とは別の感情で接していた。
 夜回りのたびに、ピンク鼻をかまった。そ
のうち、守をわかるようになった。
 残念なことに、ピンク鼻は雄であった。農
場では、雄は肉牛として、いずれ売られてい
く運命にあった。
 ピンク鼻は、子牛舎から、少し大きな雄牛
だけの雑舎に移された。
 守は、いつものように牛舎の掃除をしてい
た。ふんにまみれたほし草をかたづけ、新し
いほし草を敷く。突然、作業中の守の肩にの
しかかる牛がいた。ピンク鼻だった。
「このバカタレが」
 守は、げんこつで眉間をこづいた。
 近くにいた獣医さんが、たいそう驚いた。
「きみたちは、ホモだちだね」
 雌牛の種付けをするさい、牛の発情を見極
めるのに、牛が牛に背後から乗りかかるとい
うのが、一つの目安になる。多くは乗りかか
った牛、もしくは両方が発情している。
 すぐには、肉にされはしないだろうが、ピ
ンク鼻は、他の雄牛と一緒に業者に引き取ら
れていった。
 その日、蒔いておいたオクラの種が、プラ
ンターの中で、二つ、三つピンクの殼を破っ
て芽をふいているのを見つけた。

発表:平成7年(1995)6月東京座会/初出:「短説」1995年8月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.6.18〕
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コメント

なつかしい、錦織さんの「ピンク鼻」。
よい作品です。確か、この作品が発表された
東京座会で、「天」を取ったと記憶しております。
この前の江戸博物館での座会に、久方ぶりに
出席されたとのこと。三年ほどまえに、
千葉のコンビニの前で、まさにバッタリ
出逢ったことも思い出しました。
その前は、生まれたばかりのお子さんと
奥さんをつれて、「こぶし祭り」に現れたこと。
その赤ちゃんを孫のように抱いて歩いていた
センナ・ヨウコさんの姿・・・。
様々なことを想起させてくれました。
それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2007年3月 4日 (日) 09:38

 久しぶりに錦織さんの作品を読ませて頂きました。
 懐かしいですね。のんびりとした田舎の空気が漂っている中に、色気のあるところがおおらかさとなっています。
 錦織さんとはずいぶんとお会いしてませんがお元気のことと思います。長らく遠退いていたようですが、参加された様子ですので、これからまた楽しませて頂けるのではないかと期待しています。

投稿: yuurakusya | 2007年3月10日 (土) 08:58

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