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2007年4月10日 (火)

短説:作品「鉄」(西山正義)

   
 
            
西山 正義
 
「あんた、鉄と結婚すれば」
 と、彼女に言われた。
 たしかに僕は鉄が好きだ。実際、日夜仕事
で鉄を作っている。結婚の話が出ていた。僕
は決して上の空で聞いていたわけではない。
しかし、喫茶店の卓上に置かれていた、スチ
ール製のメニュー・ホルダーを、僕は無意識
のうちに弄んでいたらしい。それがまるで、
女を愛しむような手付きだと言うのだ。
 思えば、幼い頃からプラスチック製の物よ
りブリキのおもちゃを好んだ。少し大きくな
ると、廃線となった鉄道の線路に、頬をくっ
つけては恍惚となっていたものだ。蒸気機関
車に軍艦、鉄塔。なるべく無骨な方がいい。
H鋼が横たわっているだけでも興奮する。
 何よりも、その質感と匂いだ。そして、冷
たさ。僕はしかし、日々熱い鉄に接している。
正確に言えば、どろどろに溶けて真っ赤に焼
けた鉄鉱石なのだが、溶鉱炉の中でコークス
と反応させ、不純物を取り除き、「銑鉄」に
還元する。その後、炭素を除去する工程を経
て「鋼」になる。が、それ以降は、僕の与り
知るところではなく、最終的にどんな製品に
なるかは知らない。しかし、あらゆる鉄製品
のおおもとは、僕が作っているのだ。
「君って、鉄に似ているんだけどな」
 と僕は言った。彼女はすかさず、
「ばか言わないでよ。あたしはあんなに硬く
なし、冷たくもないわ。錆びたりもしないし」
 と口を尖らせた。そういうところが鉄っぽ
くて、可愛いんだけど、と言いたかったが、
僕は別のことを言った。
「ステンレスなんて物もあるけど、鉄を錆び
させない方法があるんだ。知ってる? それ
はね、使い続けることなんだ。線路の鉄だっ
て、車輪が通るところは、錆びないだろ」

〔発表:平成17年(2005)11月通信&ML座会/2006年2月号「短説」/再録:「西向の山」upload:2006.7.5〕
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コメント

こんばんは。西山さん。「鉄」、この作品を初めて読んだとき
「西山さんは、こういうタイプのヒトなのかな~」
と思いました。しかしいろいろ貴作品を読み込んでいくうち
「ああ、西山さんはいろいろな顔を持っているんだな~」と
思えるようになりました。今急に想いしたんですが
どなたがが、「鉄工所の溶鉱炉」のような作品を
書かれていましたよね。確か真っ赤な溶鉱炉と、
若き女性に対する想いを重ねて青春の時代を書かれて
いたような・・・。
この作品も、西山さん。ああした作品も西山さん。
そんな気持ちを抱きました。それでは、また。

投稿: 秋葉信雄 | 2007年4月24日 (火) 22:23

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