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2007年6月20日 (水)

短説:作品「セキララ」(喜多村蔦枝)

   セキララ
 
           
喜多村 蔦枝
 
 このところ運動不足だ。五月の太陽は眩し
い。
 日曜日、妻と散歩に出た。
 角を曲がったら妻が言った。
「あら、私のダンスの先生が向こうから。あ
なたを紹介するわね」
 ダンスは妻の趣味だ。先生であるならこち
らから威儀を正さなくてはならんだろう。
 まず薄手の上着を脱いだ。シャツのボタン
を外し、ズボンのベルトに手をかけたところ
で、先生はもう近づいてきて、目の前にいる。
「先生、お出かけですか。こちら私の主人で
す」
 妻が言っている。
 先生は背広姿であった。
「それはそれは、初めまして」
 先生も上着を脱ぎ、ネクタイを外して、は
や下着になろうとしている。実に手早い。
 こちらは先にと思うから、少々焦っている。
「妻がお世話になっています」
 と言いながら、上半身裸になり、ズボンも
下履きと一緒に下ろした。
 良かった。かろうじて先生よりも早く丸裸
になれた。すぐ先生もこちらと同じ格好にな
ったので、丁重に頭を下げ握手をした。
「よいお天気で、お揃いでお散歩ですか」
 先生はニコニコ顔でそう言ってから、下着
をつけワイシャツを着てネクタイを結び、ズ
ボンのベルトを締めている。こちらも服を着
込む。さわやかな風が吹いてきた。
 先生と別れた。颯爽と歩く先生の後ろ姿を
二人で見送った。
「さすがダンスの先生だから、姿勢がいいな」
 と言った。
「でしよ」
 心なしか、妻の背筋が伸びたように感じた。

発表:平成17年(2005)6月東京座会/初出:「短説」2005年9月号(旧題「せきらら」)/再録:「短説」2006年9/10月合併号〈年鑑特集号〉*2005年の代表作「人」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2007.1.6〕
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