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2007年7月 6日 (金)

短説:作品「地球儀の夜」(道野重信)

   地球儀の夜
 
            
道野 重信
 
「シンナーないなら帰る」
 美香が立ったが、少年たちはぼうっとした
目で天井を見つめたままだった。「サンタが
来た」とそのうちの一人が言った。美香は構
わず溜り場のアパートの部屋を出た。せっか
くクリスマスなのに、あいつら自分たちだけ
で全部吸って……ムカツク! 部屋にいた少
年たちのうちの一人を、美香は好きだったよ
うな気がする。もうどうでもいいや。階段を
降りようとして足がもつれた。きっと部屋に
満ちていたシンナーのせいだ。バカヤロ!
 駅までの商店街は街路樹に電飾がつけられ、
ほとんどの店は閉まっていたが、樹の淡いオ
レンジ色の光は灯ったままだった。美香は尿
意を覚えた。駅まで我慢できそうにない。ア
ンティークの店がまだ開いていた。客用のト
イレは二階にあった。小物類がびっしりと並
んで、通路が狭い。小物の問から小人が何人
も美香を見ていた。美香は気にしなかった。
きっと、シンナーのせいだから。
 トイレの中は広かった。壁も天井も床も宇
宙の絵で、ドアを閉めてしまうと、浮いてい
るようだ。地球儀の形のランプが灯っている。
地球儀のランプの棚に分厚い本が乗っていた。
美香は便器に座ったままぺージをめくった。
それは美香のアルバムだった。尿が水を打つ
音が続いていた。撮った覚えのない写真ばか
りだった。アルバムの自分が少しずつぐれて
いく。いい子に育ってほしいなと美香は他人
事のように思った。アルバムの最後は、シン
ナーを吸っている自分だった。
 店から出ると、急に外が騒がしくなってい
た。「少年が道路で暴れている」「危ない」
「車にひかれた!」サイレンの音がした。
 美香はしばらく立っていたが、駅の方へ歩
いた。

〔発表:平成13年(2001)1月通信座会/初出:「短説」2001年3月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.11.21〕
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