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2008年1月23日 (水)

短説:作品「七化け」(能美清)

   七化け
 
             
能美 清
 
「おじいさん、飽きもせいで毎日ながめて、
終いにゃ穴が空いてしまうぞな」
 体をコの字に曲げて、ばあさんが庭草をむ
しりながら、首だけ縁側のじいさんに向けて、
いつもながらの嫌味を投げつける。
「フッ、おなごにこの趣が分かってたまるか」
 手に持った、萩焼の湯呑みを慈しむように、
中を覗いたり、顔の上にかかげて糸尻の周り
をながめて、一人悦に入っている。
 三年前、金婚式の祝いに、子供等と孫が、
山口県の旅行をプレゼントしてくれた。
 じいさんは喜んでいたが、ばあさんは、旅
行の間じゅう、じいさんの世話をするのかと
思うと、おっくうだった。しかし、いざ出か
けてみると、十歳は若返ったかと思うほど、
シャキッとして、かえってばあさんのせわを
やくほどだった。
 この旅でじいさんは、生まれて初めて、自
分のための買い物をした。
 ちょっと大ぶりだが、姿のやさしい萩焼の
湯呑みだった。
 あれからまだ三年しか使っていないが、茶
渋がひびわれに滲み出て、七化けにはまだま
だ遠く及ばないが、味わいは確かに出てきた
と思っていた。
 ほんの昨日までは。
 
「おじいさん、おはようございます、今朝は皆
さんの食器を、全部晒したの、きれいでしょ」
 庭先で、洗濯物を干す手を止めて言う。
 真っ白な湯呑みに、呆然とするじいさんに、
「おじいさん、もう一度最初からやり直す分、
長生きしなさいっていうことですよ」
 日頃の嫌味ったらしさは消え、ゆっくり温
かく、じいさんに言った。

発表:平成17年(2005)1月関西座会/初出:「短説」2005年4月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2007.2.21〕
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