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2008年4月10日 (木)

短説:作品「J196」(向山葉子)

   J196
 
            
向山 葉子
 
 Jの196番。発売前々日の午前三時から
並んで、ようやく取れたチケットにはそう書
かれてあった。これを手に入れるには、相当
の努力と根性と忍耐が必要なのだ。中には、
二十年もこのチケットのために費やしている
人もいるほどだ。私などはまだ五年にもなら
ないのだから、幸運な方である。
 だが、チケットが取れたからといって、安
心してはいけない。まず体力をつける必要が
あるのだ。どのくらい掘らなければならない
のか、想像がつかないからだ。噂では。掘っ
ても掘っても何も出てこないこともあるらし
いが、文句をいうことはできない。チケット
には、あらかじめそういうこともある、と断
り書きがしてあるからだ。
 ダメだった場合には、また初めからチケッ
トを取り直ししなければならない。どんなリ
ピーターでも特権はないようだが、一説によ
るとスタッフと知り合いになれば、優遇もあ
るとか。密かに袖の下を渡す輩も少なくない
という。もっとも、それは少しはお金に余裕
の出てきた熟年層に多いとも聞いた。
 J196区画の番号を確かめて、丹念に掘
りはじめた。何度も掘り返されているはずな
のに、案外土が固い。周りを見渡すと、様々
な年齢の女たちが熱心に掘っている。稀に男
も混じっている。私も黙々と堀り続けた。
 隣から短い悲鳴にも似た歓喜の声が聞こえ
た。私は穴から顔を出してみた。四十代後半
ほどの女性に手を引かれて、J195の少年
が穴から這いだしてきた。女たちの視線が集
中する。そして安堵のため息。少年は目を引
くほど美しくはなかった。しかし今後彼をど
う磨いていくのかは彼女の腕にかかっている。
 女たちは、また黙って土を掘り起こし続け
ている。

発表:平成18年(2006)2月ML座会/初出:「短説」2006年5月号(短説逍遥62)/WEBサイト「西向の山」upload2007.1.5〕
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