« 短説:作品「女ひとり」(桂千香) | トップページ | 短説校正とOASYSフロッピーと猫 »

2008年10月25日 (土)

短説:作品「笑顔」(西山正義)

   笑 顔
 
            
西山 正義
 
 ショーケースから顔を上げた時だ。
「お決まりですか」
 ぼくが彼女の笑顔にぶつかったのは。こん
な素敵な笑顔は見たことがない。
「あ、えーと、このチョコレートケーキと、
そっちのチーズケーキ」
「レアのほうですね」
「はい。それと……、あのブルーベリーのと、
それからモンブランも」と、余計なものまで
買ってしまった。一人で四つもどうするのだ。
 学校を出て、一人暮らしも十年になる。せ
めてケーキでも買って、誕生日を祝おうとし
たのだ。
 甘党のぼくでも四つはきつかった。それで
も二日後にまた行った。彼女の笑顔見たさに。
 一ト月も経つと、よく一人でケーキを買い
に来る変な男の客ということで、店にも知ら
れるようになってしまった。
 すでに三か月経った。日曜も仕事になった
り、遅い日が続き、しばらく行けなかった。
三週間ぶりに行くと、やはり彼女の笑顔が迎
えてくれた。
「今日はどれにいたしますか」と彼女がにっ
こり。
 ぼくはつい、こんなことを口走っていた。
「その笑顔をください」
「レアのほうですね」
「え?」
 意味がよく分からなかったが、「あ、ハイ、
できればレアで」とぼく。
 サイフを出そうとすると、
「これは売り物ではありませんので、差し上
げます。どうぞ」と言って、彼女は笑顔を顔
から外した。
 ぼくは、その笑顔を受け取ると、てのひら
に慎重にのせ、店を出た。

〔発表:平成17年(2005)年9月・第119回通信/東葛座会~10/12月・ML座会/2005年12月号「短説」/再録:2006年4月号「月刊TOWNNET-常総・歴史の路」/再録:「西向の山」upload:2006.2.5〕
Copyright (C) 2005-2008 NISHIYAMA Masayoshi. All rights reserved.

|

« 短説:作品「女ひとり」(桂千香) | トップページ | 短説校正とOASYSフロッピーと猫 »

短説〈西山正義作品〉」カテゴリの記事

短説集2001〜2005」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 短説:作品「笑顔」(西山正義):

« 短説:作品「女ひとり」(桂千香) | トップページ | 短説校正とOASYSフロッピーと猫 »