短説:作品「笑顔」(西山正義)
笑 顔 西山 正義 ショーケースから顔を上げた時だ。 「お決まりですか」 ぼくが彼女の笑顔にぶつかったのは。こん な素敵な笑顔は見たことがない。 「あ、えーと、このチョコレートケーキと、 そっちのチーズケーキ」 「レアのほうですね」 「はい。それと……、あのブルーベリーのと、 それからモンブランも」と、余計なものまで 買ってしまった。一人で四つもどうするのだ。 学校を出て、一人暮らしも十年になる。せ めてケーキでも買って、誕生日を祝おうとし たのだ。 甘党のぼくでも四つはきつかった。それで も二日後にまた行った。彼女の笑顔見たさに。 一ト月も経つと、よく一人でケーキを買い に来る変な男の客ということで、店にも知ら れるようになってしまった。 すでに三か月経った。日曜も仕事になった り、遅い日が続き、しばらく行けなかった。 三週間ぶりに行くと、やはり彼女の笑顔が迎 えてくれた。 「今日はどれにいたしますか」と彼女がにっ こり。 ぼくはつい、こんなことを口走っていた。 「その笑顔をください」 「レアのほうですね」 「え?」 意味がよく分からなかったが、「あ、ハイ、 できればレアで」とぼく。 サイフを出そうとすると、 「これは売り物ではありませんので、差し上 げます。どうぞ」と言って、彼女は笑顔を顔 から外した。 ぼくは、その笑顔を受け取ると、てのひら に慎重にのせ、店を出た。 〔発表:平成17年(2005)年9月・第119回通信/東葛座会~10/12月・ML座会/2005年12月号「短説」/再録:2006年4月号「月刊TOWNNET-常総・歴史の路」/再録:「西向の山」upload:2006.2.5〕 Copyright (C) 2005-2008 NISHIYAMA Masayoshi.
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