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2009年1月

2009年1月27日 (火)

相生葉留実さんご逝去

 短説の会の皆様に、また悲しいお知らせをしなければならなくなりました。
 詩人で短説の創立同人でもある相生葉留実さんが、本日午前4時15分にご逝去されました。癌だったそうです。病院に入院されたのは今年になってからのようです。
 旦那様も詩人の村嶋正浩氏で、ともに詩誌『鰐組』に参加されていました。日本現代詩人会会員。句誌『翡翠』の同人でもあり、詩集に『日常語の稽古』『紅葉家族』がありました。
 芦原修二氏とはおそらく1970年代の『海とユリ』あるいはそれ以前からの交流で、短説の創立に参画。昭和62年7月発行の年鑑短説集の第一集『旅のはじまり』にも「突如発声症」を発表されています。以後、詩を書く傍らの断続的な参加でしたが、平成6年に発足した東葛座会にはコンスタントに参加。現在に続く年鑑特集号の第一号(『短説』平成11年5月号)では「平成十年の収穫・ことしの代表作」として、「自転車の人」が10傑選に選ばれています。
 当時の東葛座会は非常にレベルが高かった(作品もそうですが、その合評の質が高かった)のですが、それは相生さんのような方がいらしたお陰でもあるのでした。一昨年、昨年の年鑑特集号での、一年間のすべての作品を読んでの大批評は圧巻でした。ご本人は短説の実作からは離れてしまわれましたが、短説への愛情と期待を感じました。今年もまた楽しみにしていたのですが……。
 かつて短説の初期には詩人が多く参加していましたが、みな離れてしまった今では、短説の言語表現という点で何か物足りなさを感じています。短説にはやはりもっと詩人の視点・感性・言語感覚が必要なのではないかと思うことがありました。本当に惜しい人を亡くしました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 ――合掌

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2009年1月26日 (月)

年鑑三位選&自選作

 今年も短説の年鑑アンケートの季節がやってきました。すなわち「平成20年度10傑選ならびに自選用紙」の提出です。
 昨年の後半からまた雑誌の発行ペースが遅れがちになっていて、もう一月の下旬だというのにいまだ12月号が出ていません。これについては土曜日の深夜に校正を本部に送りましたので、順次責了し、印刷・発送に回るでしょうが、皆さんのお手元に届くのは二月になってしまうかもしれません。
 それで、例年12月号に折り込んでいる年鑑アンケートも遅れることになりますので、締め切りをひと月延ばし、三月末日としました。
 が、もう十年(今年でちょうど丸十年)続く年中行事なので、用紙が届かなくてもそのつもりで準備しておいてください。このブログの過去の「お知らせ」を辿るとわかりますが、二年前も一年前も同じことを言っています。もう繰り返しません。
 
 ひとつだけ書き添えると、自選作については、集計用紙の送り先(すだとしお同人)へプリントを「郵送」すると同時に、公式サイト編集長すなわち西山正義に「メール」でデータを送ってください。他選集はすでに雑誌に掲載されている作品になるわけですから、本部にデータが集積されています。それを流用すれば新たに入力する必要はありませんが、自選は未掲載も含まれますので、西山がとりまとめます。
 ML登録者をはじめこのブログを自身のパソコンで見ている方は、インターネットに接続されているはずですから、全員この方法で送ってください。データ添付でも、メール本文にコピー&ペーストどちらでも構いません。各座会でほかにもメールが繋がる方がいたらそうお伝えください。
 手書きの人を除いてもともと短説は各人データで持っているはずで、それを流用・共有しないのはまったく莫迦らしいです。短説の会は世の中から相当に遅れていますが、それでも実際にはもっともっとメールが繋がる人がいるはずなのです。雑誌の発行は発送などの雑務まで芦原修二さんにおんぶにだっこなんだから、そのぐらい協力しろよ!と声を大にして言わせていただきます。

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2009年1月23日 (金)

短説:作品「かがやく銀河の夜」(河江伊久)

   かがやく銀河の夜
 
            
河江 伊久
 
 おばあちゃんが旅に出るといったとき、
「誰と? 何処へ?」と、つい聞いてしまっ
た。一人で――へ行く、といったが――の部
分は聞こえなかった。聞きかえすのがためら
われる何かが、おばあちゃんにはあった。
 出発の日がきて、ザックに荷物をつめ白い
上着をきたおばあちゃんをみたとき、なぜか
胸がいたんだ。一人で行くと言いはったので、
ぼくはこっそり駅まで後をつけた。おばあち
ゃんの白い服が濃い闇の中にふわりふわりと
浮かんで、魂のゆらめきのように見えた。
 おばあちゃんの乗った汽車には、頭の白い
老人ばかりが座っていた。弁当を食べたり、
笑いさざめいているようだが音は聞こえない。
水底にゆらいでいる生き物のようだった。
 ぼくはその夜、秘密の老人列車がこっそり
旅立つ夢をみた。老人列車は闇の中をひた走
って、海峡線で乗り換えだった。
「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」と、
夢幻列車はすすんで行った。
「身延山へ参詣に行ったのよ」と、隣家のお
ばさんはぼくをなだめてくれたが、ぼくには
おばあちゃんは帰って来ないように思えてな
らなかった。
 衰弱しきったおばあちゃんが帰ってきたの
は、それから十日もたってからだ。心配する
ぼくに、「夢のような音楽がながれ、いい匂
いの食べ物があった。心配なんか何もない」
といった。
 おばあちゃんの旅はその後、何度か続いた。
ぼくはその度に、秘密の老人列車の夢をみた。
ほの白く輝く列車の窓に、老人たちの銀髪が
光り、「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」
というひそひそ声が聞こえた。夢から覚める
度にぼくは、一人で生きてゆく覚悟を固めて
いたような気がする。


〔発表:平成元年(1989)6月第46回東京座会/初出:「短説」1989年7月号/初刊:年鑑短説集〈3〉『乗合船』1989年10月/再刊:河江伊久短説集『小春日和の庭で』1995年12月/upload:2008.9.22〕
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2009年1月20日 (火)

だらだらの一日

Ts2a0720 今日は定休日なので短説の公式サイトを更新しようと思っていたのですが、結局手つかずで一日が終わってしまいました。
 が、ML座会に二件投稿。丸二か月まったく投稿が途絶えていたMLですが、今年に入って僕の投稿を皮切りに四人が投稿。たとえぼちぼちでも、また有意義なやり取りが展開されればと思っています。

 写真は、中山法華経寺参道の茶店の縁台で仲良く寄り添って寝る町猫。名物の“きぬかつぎ”が実においしかったです。

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2009年1月12日 (月)

短説:作品「猫の絨毯」(五十嵐正人)

   猫の絨毯
 
           
五十嵐 正人
 
 レインボーブリッジを下りて、夜の湾岸線
に。いつになく、心地よい走り。タイヤは路
面に無理なく吸いつき、小石一つの振動も伝
えてくる。
 二人が目指すのは、浦安ベイエリアの高級
ホテル。同じようにクリスマスを迎える車が
前後に群れをなしている。
「ねえ見て、東京湾も、夜はこんなに縞麗に
なるのね」
 助手席の彼女が、運転席の彼に身を寄せた。
オートマチックの左ハンドル。男の右手が女
を抱きとめる。と、一瞬体が揺れた。
「どうしたの?」
「いやっ、何でもない。猫を礫いただけさ」
「なーんだ」
 高速道路に猫。ちょっと変な感じはしたが、
間違いないだろう。あのボコッという感触。
「あれっ、まただ」
「寒くなると多いのよね。猫って、どうして
避けないのかしら」
 見ると、前方の車が凸凹道を走るように跳
ねている。
 ボコボコッ。
 二人の車も跳ねはじめた。路面を確認する
勇気はない。おそらくは、一面に敷きつめら
れた猫の絨毯。目にしなければ、それですむ。
息を殺して、走り抜けよう。
 ボコボコボコッ、ボコボコッ。
 女の視線が、追い越し車線のドライバーの
目にあった。困った顔同士、会釈を交わす。
 ボコッ、ボコボコボコッ。
 未開の平原を走るバッファローの群れのよ
うに、恋人たちもオアシスを夢見て走る。
 ボコッ。最後の一匹をプレスした音。
「ほらっ、シンデレラ城が見えてきた。明日
はスプラッシュマウンテンに乗りましょう」


〔発表:平成7(1995)年2月第12回東葛座会/初出:1995年5月号「短説」/WEB版初公開〕
Copyright (C) 1995-2009 IGARASHI Masato. All rights reserved.

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2009年1月 7日 (水)

原稿募集【横山とよ子さんの世界を語り論じる】

 本日は七草粥の日でした。皆さん食しましたか。正月気分もここまでで、明日から学校も始まります。

 さて、短説の会からのお知らせです。月刊『短説』11月号の折り込みを転載します。
 
 原稿募集――横山とよ子さんの世界を語り論じる――
 
 横山とよ子さんが作品集『すみつかれ』を残して逝かれ、早くも三年である。その特集を考え、いろいろ思索してみた。そして結局あたらしい視点で作品を書いてもらい、それをもって特集を組もうと決心した。皆さまのご参加をお願いする。
 
1)作 品  横山さんの作品世界に通うような短説作品
2)論 文  横山さんの作品世界に論じる評論
3)自 由  横山さんの世界に触発された自由な作品*
*自由作では長さと形式が短説に準じながら発想と表現が超常識の作品を期待する。
 
締 切 平成21年2月末日 短説の会本部必着
      芦原修二

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2009年1月 2日 (金)

東郷神社に初詣

Ts2a0742 わが家では初詣に毎年異なるところにお参りに行っているのだが、今年は娘のリクエストで原宿に近いところということになった。そうなると真っ先に思い浮かぶのはもちろん明治神宮であるが、明治神宮に元旦に行くものではない。どうせ経由するのだから新宿か渋谷周辺の神社も考えたのだが、それならもう原宿に行ってしまおうと、僕の中では有名だがもろ原宿にありながら穴場の東郷神社にお参りすることにした。
 元旦の原宿なんて十九の頃以来だ。十二時ちょっと過ぎに着いた。願朝参りのピークは過ぎていたが、竹下通りはご覧のとおり。

Ts2a0743 東郷神社は、言わずと知れた元帥海軍大将・東郷平八郎を祀った神社である。福岡はじめ全国各地にあるそうだが、一番有名なのは原宿のそれだろう。
 これは何というのだろう、社殿の前に丸い注連縄が立て掛けてあり、これをくぐって拝殿に進むのだが、どうもくぐり方があるらしい。皆ふつうに跨いでいるだけなのだが、たまたま前に並んでいた家族が常連らしく教えてくれた。
 右から左へ8の字にぐるぐる二回まわって正面に進むというのが、本式の作法らしい。これで厄を落とすとのこと。その家族に続いてわが家も真似してみたが、そのあとは続かなかった。

Ts2a0744 娘に「勝札」、息子に「勝守」を求めた。勝札の「勝」の文字は東郷元帥の直筆だそうだ。勝守には、例のZ旗がかたどられている。
 かつて、「新嘗を祝ふ集ひ」の会場としてもお世話になった水交社前の庭園をそぞろ歩き、再び原宿の喧噪の中へ。
 娘と家内は、それが本来の目的とばかりに買い物へ。息子と僕はクレープだけ食べて、渋谷を経由しバスですぐに帰宅。帰宅後、キャッチボール始めをする。

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2009年1月 1日 (木)

短説の24年目を迎えて

 あけましておめでとうございます
 
 昨年内にもうひとふたつ何がしか記事を投稿しようと思っていたのに、結局手付かずのまま年を越してしまいました。
  
Ts2a0739 年の瀬も迫った29日に、ようやく月刊『短説』の11月号が届きました。昨年前半まではそこそこだったのが、後半になって発行ペースが遅れがちになっていました。今号に関しては、本部の作業が遅れたのではなく、編集の遅れが原因です。つまり僕のせいなのですが、今回の11月号は異例の編集になっていて、僕の「推敲(ならびに校正)について」という批評が、作品を押しのけ作品欄よりも多くのページを割いています。
 年末に皆様のところに届いて、一体どういう風に読まれたことでしょうか。(ということを、ここで言ってもまったくと言っていいほど通じていないのでしょうが)。
 
 Hikari_nengah21 その批評のもとになったメールは、ML座会を通じて藤代座会に配布され、そこそこの反響を得、藤代ではそれをもとにちょっとした勉強会というか話し合いがもたれたとのことですが、その模様はどんな風だったのでしょうか。気になります。
 今回、藤代に送ったメールをもとに二回稿を改め、全会員向けに思い切って雑誌に一挙掲載したわけですが、どうなんでしょうか。各人それぞれの心に響いたでしょうか。もちろん、そんなことを書いた自分自身への自戒も含まれているのは言うまでもありませんが、各々自分自身のこととして読んでいただけたでしょうか。
 
 短説の新しい年に向けて、雑誌が年の瀬に届いたのはちょうどいいタイミングだったのかもしれません。そういう期待を込めて年頭のご挨拶にかえさせていただきます。

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