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2009年1月23日 (金)

短説:作品「かがやく銀河の夜」(河江伊久)

   かがやく銀河の夜
 
            
河江 伊久
 
 おばあちゃんが旅に出るといったとき、
「誰と? 何処へ?」と、つい聞いてしまっ
た。一人で――へ行く、といったが――の部
分は聞こえなかった。聞きかえすのがためら
われる何かが、おばあちゃんにはあった。
 出発の日がきて、ザックに荷物をつめ白い
上着をきたおばあちゃんをみたとき、なぜか
胸がいたんだ。一人で行くと言いはったので、
ぼくはこっそり駅まで後をつけた。おばあち
ゃんの白い服が濃い闇の中にふわりふわりと
浮かんで、魂のゆらめきのように見えた。
 おばあちゃんの乗った汽車には、頭の白い
老人ばかりが座っていた。弁当を食べたり、
笑いさざめいているようだが音は聞こえない。
水底にゆらいでいる生き物のようだった。
 ぼくはその夜、秘密の老人列車がこっそり
旅立つ夢をみた。老人列車は闇の中をひた走
って、海峡線で乗り換えだった。
「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」と、
夢幻列車はすすんで行った。
「身延山へ参詣に行ったのよ」と、隣家のお
ばさんはぼくをなだめてくれたが、ぼくには
おばあちゃんは帰って来ないように思えてな
らなかった。
 衰弱しきったおばあちゃんが帰ってきたの
は、それから十日もたってからだ。心配する
ぼくに、「夢のような音楽がながれ、いい匂
いの食べ物があった。心配なんか何もない」
といった。
 おばあちゃんの旅はその後、何度か続いた。
ぼくはその度に、秘密の老人列車の夢をみた。
ほの白く輝く列車の窓に、老人たちの銀髪が
光り、「秘密が肝心、極楽は銀河の向こうに」
というひそひそ声が聞こえた。夢から覚める
度にぼくは、一人で生きてゆく覚悟を固めて
いたような気がする。


〔発表:平成元年(1989)6月第46回東京座会/初出:「短説」1989年7月号/初刊:年鑑短説集〈3〉『乗合船』1989年10月/再刊:河江伊久短説集『小春日和の庭で』1995年12月/upload:2008.9.22〕
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