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2010年5月

2010年5月20日 (木)

短説「船」見崎漣

   

             
見崎 漣

「ほら、みて、おふね」
 お菓子の空箱で作った船を、聡は自優げに
祖母に見せる。お世辞にも船に見える代物で
はなかったけれど、祖母はいつも優しく微笑
んで褒めてくれた。
「あらぁ、上手にできたねえ」
 
 聡の家は共稼ぎ。帰りの遅い両親。聡は祖
母のひざに座って、お菓子の空き箱やマッチ
箱で飛行機や船を作るのが好きだった。
 両親の方針で、近所の子供達のように好き
な玩具を与えられた事がない聡は、欲しい物
は何でも自分で作るのが当たり前になってい
た。そんな聡を不欄に思ってか、祖母が与え
てくれた唯一のものがあった。
 それは、五十円の小さなセロテープ。
 すぐに、何でもくっつけることができるそ
れは、聡のもの作りに大活躍していたが、無
駄づかいも多く、一週問ももたなかった。
「おばあちゃん、テープなくなっちやった」
「はいよ」
 祖母は仏壇の引き出しから真新しいテープ
を取り出すと、聡の手に握らせてくれた。テ
ープが切れていたことは一度もなかった。
 僅かな小遣いをもらうようになり、聡の行
動半径が広がると、祖母と過ごす時間やセロ
テープの出番は少なくなった。いつしか、祖
母と話す時間はほとんどなくなっていた。
 あれから二十五年、祖母は今日、小さな箱
に納まり、聡のひざに載って家に帰ってきた。
 祖母がいつもお経を唱えていた仏壇を家族
と共に整理していると、古ぼけたセロテープ
の小さな箱が、引き出しの奥にそっと納めら
れていた。
 テープがボロボロに剥がれかかり、すっか
り色裡せたマッチ箱の船と一緒に……。


〔発表:平成15年(2003)10月木座会/初出:2004年1月号「短説」/再録:2004年5月号「短説」〈年鑑特集号〉*2004年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.11.15〕
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2010年5月 5日 (水)

短説「セイジの魂失い」原 葵

   セイジの魂失い

             
原  葵

 じっさい、花盛りのころにはいろいろなこ
とがあった。村はずれの森には無数の鳥たち
が棲んでいて、花盛りのころになると、森中
で気ちがいのように朝から夕方まで騒ぎたて
た。しかし森のいちばん奥はたくさんのフク
ロウたちの暗い棲家となっていたから、そこ
へ入ると急にしいんと静まりかえって、森へ
たびたび来馴れている村人ででもなければ、
自分の耳が壊れたのではないかと思い、動転
のあまりやみくもに走り出したりした。
 そんなわけで、村の人たちは森の奥から一
目散に走り出してくる行商人を見ても、侮り
の目付きをしたり、嘲ったりすることなく、
結婚調査員には決して見せることのない人な
つっこい笑みを浮かべて、行商人たちを自分
の家の玄関先へ誘い入れ、人形祭りの支度に
必要な品々を買い込みながら、巧みに稀代の
腹話術師ヤマトケサイチと、彼にさらわれた
セイジのことを知っているかどうか探りを入
れた。乞食さえもが、どうかするとこの村で
は話を聞かせてくれる大事な訪問者だった。
 小鳥の森は、西の方からやがて小高い山に
なっていたが、その小山は春になると、それ
までのくすんだ枯野の色を払拭して、一挙に
山全体が淡い色の薄物をまとったように花で
覆われ、いのちのときめきに山じゅうが狂い
たつばかりになるのだった。その山ひだの道
ともいえぬ道を、人けもない春の昼下がりに、
ごく年端もいかない者などが一人で歩いてい
るうちに、突然姿を消してしまったりするこ
ともあって、村人たちはそれを魂失いとよん
で畏れていた。村の子どもたちは常日ごろか
ら花の山には一人では決して行かないように
といわれていた。
「祭門セイジが魂失いしたのも、あの山だぞ」
と村人たちは終始いってきかせるのだった。


〔発表・初出:平成元年(1989)7月「銀の竜」16号/初刊:年鑑短説集〈4〉『海の雫』1990年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2009.12.22〕
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