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2010年5月 5日 (水)

短説「セイジの魂失い」原 葵

   セイジの魂失い

             
原  葵

 じっさい、花盛りのころにはいろいろなこ
とがあった。村はずれの森には無数の鳥たち
が棲んでいて、花盛りのころになると、森中
で気ちがいのように朝から夕方まで騒ぎたて
た。しかし森のいちばん奥はたくさんのフク
ロウたちの暗い棲家となっていたから、そこ
へ入ると急にしいんと静まりかえって、森へ
たびたび来馴れている村人ででもなければ、
自分の耳が壊れたのではないかと思い、動転
のあまりやみくもに走り出したりした。
 そんなわけで、村の人たちは森の奥から一
目散に走り出してくる行商人を見ても、侮り
の目付きをしたり、嘲ったりすることなく、
結婚調査員には決して見せることのない人な
つっこい笑みを浮かべて、行商人たちを自分
の家の玄関先へ誘い入れ、人形祭りの支度に
必要な品々を買い込みながら、巧みに稀代の
腹話術師ヤマトケサイチと、彼にさらわれた
セイジのことを知っているかどうか探りを入
れた。乞食さえもが、どうかするとこの村で
は話を聞かせてくれる大事な訪問者だった。
 小鳥の森は、西の方からやがて小高い山に
なっていたが、その小山は春になると、それ
までのくすんだ枯野の色を払拭して、一挙に
山全体が淡い色の薄物をまとったように花で
覆われ、いのちのときめきに山じゅうが狂い
たつばかりになるのだった。その山ひだの道
ともいえぬ道を、人けもない春の昼下がりに、
ごく年端もいかない者などが一人で歩いてい
るうちに、突然姿を消してしまったりするこ
ともあって、村人たちはそれを魂失いとよん
で畏れていた。村の子どもたちは常日ごろか
ら花の山には一人では決して行かないように
といわれていた。
「祭門セイジが魂失いしたのも、あの山だぞ」
と村人たちは終始いってきかせるのだった。


〔発表・初出:平成元年(1989)7月「銀の竜」16号/初刊:年鑑短説集〈4〉『海の雫』1990年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2009.12.22〕
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