« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010年6月29日 (火)

短説「夢おとこ」坂木昌子

   夢おとこ

            
坂木 昌子

「あなた、共働きだと男性も少しは家事を分
担しないと、奥さんがダウンしちゃうって」
「君ィゲーテはそんなこと言わなかったよ」
「いやだあー、笑っちゃうわァ」
「ソクラテスの妻は、そこで笑っちゃいけな
いノ」
 夢おとことの新婚生活が始まった。以来、
三十年間、貘のように太った夢おとこは、夢
も食べるが、ご飯もいっばい食べる。酒もい
っぱい飲む。
「秀雄も光子も、本人次第だけど、大学ぐら
い出してあげたいわねえ。もう少し月給が、
あがるといいんたけど、お父さん」
「一体、全体、どれだけ必要なんだね?」
「そうね。少なくとも今の二倍」
「そうか……そんなら小説でも書いて、ボー
ンと原稿料でも稼ぐか」
「また始まった。もうすぐ停年ですよ。お父
さん」
 五年後、零細企業なので、二百万円だが退
職金が出た。早速、企業学術委員会とかの電
話がはいった。
「あなたは、当委員会の審査で、講師の推薦
を受けました。当会の講師になりますと、各
中小企業等で経営コンサルタントとして、人
材養成講座の講師が務められます」
「いやあ、私らにゃあ、そんな資格はありま
せんから……」
「私どもの審査会で十分検討した結果、あな
た様の実力なら申し分ないということでして」
 言葉巧みな要請で、四十万円の登録料を振
り込んだ。が、一年たった今も講師の依頼は
一件もない。一回五万円の講師料は……問い
合わせると「何分不況のせいか経費節減で、
企業からの依頼がこないもので……」
 初老になっても、夢おとこであった。


〔発表:平成5年(1993)5月第33回藤代日曜座会/初出:「短説」1993年7月号/
初刊:年鑑短説集〈6〉『函中の函』1993年12月/〈短説の会〉公式サイトupload:2009.2.3〕
Copyright (C) 1993-2010 SAKAKI Masako. All rights reserved.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »