« 2011年4月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年6月

2011年6月21日 (火)

短説「オートバイ」須藤京子

   オートバイ

            
須藤 京子

「ねえ、お父さん。もうすぐお母さんの命日
だね。お天気がよかったら、久しぶりにお墓
参りに行ってみようかしら」
 体を拭いてもらって気持ちいいのか、口を
ぽっかり開けている父に恵子は声をかけた。
「ねえ、お父さん。もうずっと前のこと、私
が高校生の時のことだけど、今でも思い出す
ことがあるんだよね」
 恵子はいつものように、天井に目を向けて
いるだけで何の反応もない父に話しかけた。
 その時、恵子は学校帰りでバスの中から見
るともなく外を眺めていた。信号でバスが止
まった時、その脇をオートバイを押しながら
歩いている中年の女が目に入った。お母さん
に似ているとぼんやり思った。
「えっ。あっ、お母さん、何してるのよ」
 恵子は慌てて次ぎの停留所でバスを降りた。
車道の端を歩く母の姿がだんだん大きくなっ
てきた。ふと恵子の心の中に昨夜帰ってこな
かった父の顔が浮かんだ。母は恵子がそこに
いるのをとうに認めたのか、近付くと何でも
ないことのようにさらりと言った。
「昨日お父さん、O町に泊まったみたいだよ。
あっちの家の前に止めてあったから持ってき
ちゃった。お母さんはこのまま歩いて帰るか
ら、お前は先に帰って、晩ごはんのお米研い
でおくれ」
 恵子は多くの疑問符つきの言葉をのみこん
で、母に言われたようにしようと思った。父
はその晩遅くに戻った。翌朝は恵子が目覚め
る前から、いつもの朝が明けていた。
 そして今、恵子はその頃の母と同じ年令に
なり、父はオートバイに乗れなくなっている。
「ねえ、お父さん。あの時お母さんは……」
 いや。
 もう答えはいらないと恵子は思った。


〔発表:平成3年(1991)1月第5回藤代座会/初出:「短説」1991年2月号/初刊:年鑑短説集〈5〉『螺旋の町』1992年4月/〈短説の会〉公式サイトupload:2009.2.3〕
Copyright (C) 1991-2011 SUDOH Kyoko. All rights reserved.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月17日 (金)

「短説関西第3集」

 またまた例の如く、ご無沙汰しておりました。相変わらず、短説の会の新しい情報は入ってきておりません。
Tansetsu_kansai03 ただし、唯一、関西座会では以前と変わらない活動が続いていて、5月31日付けで「短説関西第3集 2011年夏号」が関西座会代表の道野重信さんから送られてきました。
(返礼もせずにいましたが、道野さん、忘れずにお送りいただきありがとうございます)。
 内容は、昨年(2010年)下半期(7月~12月)に関西座会で発表された中から、一作家一作品自選したもので、24作品(すなわち24作家)で構成されている。
 初めてみる名前もある。同姓同名でなければ、近代文学研究ではちょっと知られたあの方だと思うのだが、関西座会の場所を考えればほぼ間違えないでしょう。
 ここに目次(作品名と作者の一覧)を転載しようかと思いましたが、もしかして差し支えがあるといけないので、表紙画像だけにしました。表紙のイラストは作品も発表している樋渡ますみさん。
 ところで、タイトルの「世界でいちばん短い小説」には異論があるでしょうね。遺憾ながら、現在では世界的に見ても国内で見てもそうとは呼べなくなってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年8月 »