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2011年9月 9日 (金)

『潮騒』の映画と原作

 個人的に、生活上のことでやっと踏ん切りがつき、気持が楽になりました。そんなわけで、8月12日に書いて、未完のまま放置されていた原稿をアップします。
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 久しぶりに『潮騒』の映画を観た。この六月にBS日テレで放映されたのを録画しておいたものだ。昭和50年4月公開の山口百恵主演版である。
 これはテレビでも何度も再放送されているが、十年ほど前に刊行中だった『三島由紀夫全集』の決定版で何度目かの再読をした折に、わざわざビデオを借りてきて観たことがあった。それ以来、三度目か四度目である。
『潮騒』は五度も映画化されている。原作が発表されたのは昭和29年6月、新潮社の「長篇書下ろし叢書」の一冊として、堀田善衛の『歴史』、福永武彦の『草の花』、中村真一郎の『夜半楽』に続いて書き下ろされた。
 因みにこのシリーズは、さらに井上靖の『射程』や武田泰淳の『快楽』などを産み、錚々たるラインナップになるのであるが、これはのちの新潮社の大看板であった「純文学書き下ろし特別作品」シリーズの先駆けになったと言える。
 小説はベストセラーになり、すぐに映画化された。西暦でいえば1954年の第一作(谷口千吉監督・主演久保明―青山京子)から、1964年の吉永小百合―浜田光夫版、1971年の朝比奈逸人―小野里みどり版、1975年の山口百恵―三浦友和版、1985年の堀ちえみ―鶴見辰吾版まで、さすがに平成になってからは作られていないが、昭和の時代にほぼ十年に一度映画化されている。初演(=小説発表の年)から三十年間繰り返し作られた計算になる。
 五本のうち、三作目の朝比奈逸人―小野里みどり版は観たことがない。吉永小百合以来、『潮騒』はアイドル映画の観を呈することになるのだが、調べてみると、この三作目のみは主役の二人が一般公募で選ばれているようだ。その後その二人は役者として大成しなかったので、映画も幻の一本になっている。
 さて、映画の内容だが、一作目は、脚本に中村真一郎が参画していて注目されるが、それを含めて、吉永小百合版も堀ちえみ版もいま細部は思い出せないので比較はできないが、この百恵―友和版は原作にかなり忠実に作られている。
 それは前回観たときにも感じ、今またそれを思い出したので、再び原作を読み返した。十五のときに初めて読んでからもう何度目になるだろう。我が家には『潮騒』のテキストが五、六種類あるが、わざわざ初版の単行本を引っ張り出してきた。初版と言っても初刷りではなく、昭和29年7月25日付け発行の四刷であるが、まだ著者の検印がしっかり添付されているものだ。
 もう何度も読んでいるから分かり切っているにもかかわらず、いざ読み始めると、やはり、最初の一行から一字一句味わいながら音読してしまった。やはり私は三島が好きなのだ。
 百恵ちゃん版『潮騒』は、かなり原作に忠実だと書いたが、その忠実度は、細かいセリフやナレーションにもわたっていて、原作のセリフや文章がそのまま活かされている。
 というより、むしろ、原作を読み返すと、原作を多少簡略化し、そのまま映像化すると、即ち一時間半ちょっとの映画が出来上がると言った方がいいように感じる。初版が出てすぐに映画化されたのも頷ける。
 それもそのはずなのだ。『潮騒』は三島由紀夫の代表作の一つということになっていて、実際名作と言ってよいが、三島作品の中でも、どの作品系列にも属さない異色作である。強いて言えば、『夏子の冒険』や『幸福号出帆』、あるいは『永すぎた春』や『愛の疾走』などのエンターテイメントとして書かれた作品の系譜に近い雰囲気もあるが、『潮騒』はあくまでも純文学として実験的な意味合いを持って書かれている。
 三島由紀夫は言うまでもなく戦後派の一人であるが、本多秋五が「戦後派ならぬ戦後派」と評したように、文壇登場的には「第一次戦後派」に属するが、いわゆる「戦後文学」とは対極的は方法論によっている。それが最もはっきりしているのが『潮騒』である。
 とまあ、ここで文学論を展開するつもりはないのだが、『潮騒』は表面的には何ら荒唐無稽的なところも幻想的なところもない、ごく健全なリアリズムで書かれている。舞台も実在する場所をモデルとし、ほぼそのまま描かれている。作中の年代は特定されていないが、小説が書かれた昭和29年(または取材で神島を訪れた前年の昭和28年)当時とみていい。終戦から数年たち、朝鮮動乱も少し落ち着いた頃という設定である。……
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 ここまで書いて、何を言いたいのかうまく帰納できなくなってしまい、そのまま放置していたのだが、『潮騒』という小説の構造について言いたかったのだ。そもそも『潮騒』は、近代文学的な概念で言うところの「小説」ではなく、というところからこの百恵ちゃん版の映画とからめて言おうとしたのだが、もういいや、止めにしておきます。考えてみたら、三島の愛読者には自明のことでした。

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