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2014年4月22日 (火)

品川沖


港南大橋付近より

 萩原朔太郎の詩に「品川沖観艦式」というのがある。詩集『氷島』に収録されている。実はまだそこまで読み進めていないのだが、これだけ読んでみる。
 「昭和四年一月、品川沖に観艦式を見る」(『詩篇小解』)
 このとき朔太郎は数えで四十四歳。五十七年の生涯からすると、決して晩年とは言えないが、詩人としてはもはや晩年の作といっていい。『氷島』は賛否が分かれる詩集であるが、集中これは傑作であろう。晩年の「絶唱」といってもよい。

……灰色の悲しき軍艦等、なお錨をおろして海上にあり。彼らみな軍務を終りて、帰港の情に渇けるが如し。我れすでに生活して、長くすでに疲れたれども、軍務の帰すべき港を知らず。暗澹として碇泊し、心みな錆びて牡蠣に食われたり。  ――萩原朔太郎『詩篇小解』

 それから半年後、この昭和四年の七月に、いろいろ問題のあった若い妻稲子と離婚。もちろん家庭不和は、その一年以前から続いていた。そして、いったん東京を引き払い、まだ幼い二人の女の子を伴い前橋の実家に戻っている。ほどなく単身上京するが、経済的に頼みの綱であった父親が病に倒れすぐに帰郷。
 幼い子供を二人抱えていたとはいえ、妻に去られた四十男が、実家の父母のもとに身を寄せるのは、朔太郎に職がなかったからであるが、もっと言えば、詩を書くこと以外の単に金銭を得るためだけの“仕事”をまるでする気がなかったからに他ならない。いい気なもんだと言ってしまえばそれまでだが、私には彼を批判する資格はない。
 戦前は、大元帥閣下が御臨席のもとに挙行された観艦式。それが華々しければ華々しいほど、軍艦の灰色のように、詩人の心は……。
          ――本文記事は、4月26日(土)12:10に追記

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