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2014年5月17日 (土)

短説「本を売る」西山正義

   本を売る

            
西山 正義

 文芸同人誌の展示即売会をやるというので、
僕は会を代表して自分たちの雑誌を売りに来
た。久し振りの横浜。潮の香りが懐かしい。
 このイベントは今回で二回目。参加団体が
だいぶ減ってしまった。特に純文学系(この
何々系という言い方は好きではないが)の若
手が主宰する同人誌は、ほとんど僕らが唯一
になってしまった。
 ところで、通路を挟んだテーブルの向こう。
斜め向かいにさっきから気になる女の子がい
る。向こうでもこちらが気になるようで、何
度か目が合う。最近見掛けなくなってしまっ
た昔風の美少女。ストレートの長い髪、端正
な顔立ちに、メガネが良く似合っている。
 しかし、相棒が急に来られなくなってしま
い、僕は持ち場をあまり離れられない。それ
に、会場にはもちろん若い人もたくさんいる
のだが、純文学を書く若手は珍しいらしく、
前回顔見知りになった人たちや、隣合わせた
同人誌の人たちといろいろ話をしていて、彼
女の所へはついに行けなかった。
 ところが、帰りのエレベーターで一緒にな
ったのをきっかけに、お茶でも飲みませんか
ということになって、彼女と今ここにいる。
 彼女の本を買う。個人作品集である。内容
は目録で調べてあった。「私もあなたの買い
たいのですが」「いいよ、あげる」「それじ
ゃあ悪いわ」「いいよけっこう売れたから」
 そんなわけで、僕はさっきから盛んに〈文
学〉の話を彼女にしているのだが、要するに、
「これからランドマークタワーにでも行って
みませんか」ということが言いたいのだ。
「僕も中上健次は好きで」などという台詞で
ナンパする奴がどこにいるだろかと、我れな
がら呆れてしまうが、そんな人種だから貴重
な休日にこんな所に来ているのだろう。


〔発表:平成8(1996)年10月第32回東葛座会/初出:「短説」1996年12月号/再録:「西向の山」upload:2009.12.28/「縦書き文庫」upload:2011.9.9〕
Copyright (C) 1996-2014 Nishiyama Masayoshi. All rights reserved.

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コメント

 久しぶり(ちょうど2年ぶり)に短説をアップしました。
 5月5日の記事で、娘が「文学フリマ」に行ったということを書きましたが、親の私がむかし行った同種のイベントに材を採った作品です。
 それは平成8(1996)年10月のことで、行った直後に短説化し東葛座会で発表したものです。作中には出てきませんが、この時、娘は5歳で“参加”していたのでした。
 今思えば、私もまだ33歳で若かったのですね。1歳だった息子が現在、大学のそれも文学部に行っているのですからね。

 藤代座会の皆様、もしご覧になっていたら、短説のブログでのアップ方法の参考にして下さい。
 レイアウトは、文字間隔・行間隔・フォントサイズ&書体ともに特殊な“タグ”を付け加えて整えています。

投稿: 西を向く人 | 2014年5月17日 (土) 22:01

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