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2014年9月

2014年9月23日 (火)

■小川和佑先生が……■

とうとうこの日が来てしまいました。
大変つらいことですが、やはりインターネット上にも告知致します。

平成26年9月20日の午後2時50分、われらが恩師、
小川和佑先生が永遠の眠りに就かれました。

御葬儀の日程・会場をお知らせ致します。

■お通夜
9月23日(火/秋分の日)午後5時~
■葬儀・告別式
9月24日(水)午前10時30分~
(出棺:11時30分)

会場はいずれも『栃の葉 戸祭ホール』です。
住所:栃木県宇都宮市八幡台1-28
TEL:028-650-5166
http://sougi.bestnet.ne.jp/tochinohato-utsunomiya/map.html
JR宇都宮駅西口よりタクシー15分(駐車場350台)

喪主は、奥様であられる小川節子様です。

小川和佑先生は、昭和5(1930)年4月29日のお生まれ。
庚午。今年は年男でした。
享年は満年齢で84歳。
この夏頃から体調を崩され、療養中でしたが、奥様、娘さんご夫婦、それにお嫁さんやお孫さん、教え子二名とさらに孫弟子に看取られながら、静かに息を引き取りました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。――合掌

先生は第一に物書きです。書かれたものは我々に残されています。
もう一度、何度でも、読みましょう。それが一番の供養でしょう。

これから宇都宮に向かいます。

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2014年9月10日 (水)

短説「娘の演奏会」西山正義

   娘の演奏会

            
西山 正義

 娘が、まわりまわって、どういう因果か、
卒論にジャン・コクトーをやることになった。
そして、今度は、そうなれば当然の結果とし
て、レイモン・ラディゲときた。大学近くの
古本屋で全集を見つけたが、高くて買えなか
った。そこで、今月来たる誕生日のプレゼン
トにどう?となったが、そこは西山家なので
ある。私の書棚の、それも特別欄に陳列して
ある秘蔵の一巻本翻訳全集と評伝本を取り出
してきて、娘に渡した。親は得意がっている
が、娘にしたら、くやしいらしい。
 昨夜、その娘が所属する大学のサークルの
演奏会に行ってきた。「管」はないのだが、
室内管弦楽団の年に一度の定期演奏会。音楽
大学ではないので、賛助メンバー以外はど素
人の集団である。だが、小ホールとはいえ、
ある区の文化センターの立派な施設を借りて
の演奏、それなりに様になっていて、親の贔
屓目にしろ、いい演奏会になって良かった。
 娘は中学・高校の六年間、箏曲部に入って
いた。「箏」であって、「琴」ではない。そ
れも唐突のように思えたが、同じ弦楽器とは
いっても、大学では一転して西洋の楽器であ
るヴィオラに挑戦することになった。
 しかも、なぜか二年生の時から「団長」を
務めることになった。プログラムにも挨拶文
を載せている。今回の演奏会が、実質的には
引退の最後のコンサートになる。
 中学・高校の六年間も、毎年、学内の文化
祭といろいろな学校が集まる箏曲部連盟の連
合演奏会を聴きに行った。大学でも学園祭の
ブース実演とこの定期演奏会が三回目。
 息子の野球(小学校の健全育成ソフトボー
ルに始まり、少年野球、中学の軟式、高校の
硬式いわゆる高校野球)も終わり、とうとう
子供の行事も終わりを告げる時が来たようだ。

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2014年9月 8日 (月)

短説「平成二十四年の逝く夏に」西山正義

   平成二十四年の逝く夏に

            
西山 正義

 五月十九日に短説「〝最後〟の運動会」を
書いてから、ちょうど三ヶ月後の八月十九日
までは、息子の高校野球一色だった。
 妻と二人、本人以上に騒いでしまった。息
子の学校(私の母校でもある)が甲子園に行
ったわけではない。が、神宮には行った!
 そのことについてちゃんと書いておきたい
と思っていた。でもそれは、私なら、やはり
短説にすべきだろう。娘のフランス留学のそ
の後についてもしかり。
 しかし、時の経つのが早い。早すぎる。い
まだ猛暑が続いているが、真夏とは異なる秋
の匂いがしてきている。その匂いを嗅ぐだけ
で、鼻にツーンときてしまう。
 夏の終わり、短説同人のあるサイトが消滅
してしまった。知人のブログやホームページ
が更新されているのは楽しみであり、励みで
もあり、一種の安否確認ではないが、同じ時
間を共有して生きているという、その形に残
る証明であると感じている。事情は不明だが、
残念である。もはや短説を書いていなく、ペ
ージを更新することもなくても、個人作品集
のアーカイブとして残しておいてほしかった。
 しかし、それにも〝熱情〟というものが必
要で、かつて短説の会を取り巻いていた熱情
を、今懐かしんで、もう一度と思っても、も
はや気持ちが〝行かない〟のは、かく言う私
にしてもそうなのだ。
 でも、私には、声がまだ聞こえる。かすか
ではあるが、何かを囁く声が。それは古い友
人からのコールだったり、やっぱり文学って
いいなという思いだったりするのだが。
 ブログでも、日記でも、雑記でもいい。や
はり書いておこう。それしかない。
 あっと言う間に流れ去る時に、少しでも楔
を打たねばいけない。

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