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2014年9月10日 (水)

短説「娘の演奏会」西山正義

   娘の演奏会

            
西山 正義

 娘が、まわりまわって、どういう因果か、
卒論にジャン・コクトーをやることになった。
そして、今度は、そうなれば当然の結果とし
て、レイモン・ラディゲときた。大学近くの
古本屋で全集を見つけたが、高くて買えなか
った。そこで、今月来たる誕生日のプレゼン
トにどう?となったが、そこは西山家なので
ある。私の書棚の、それも特別欄に陳列して
ある秘蔵の一巻本翻訳全集と評伝本を取り出
してきて、娘に渡した。親は得意がっている
が、娘にしたら、くやしいらしい。
 昨夜、その娘が所属する大学のサークルの
演奏会に行ってきた。「管」はないのだが、
室内管弦楽団の年に一度の定期演奏会。音楽
大学ではないので、賛助メンバー以外はど素
人の集団である。だが、小ホールとはいえ、
ある区の文化センターの立派な施設を借りて
の演奏、それなりに様になっていて、親の贔
屓目にしろ、いい演奏会になって良かった。
 娘は中学・高校の六年間、箏曲部に入って
いた。「箏」であって、「琴」ではない。そ
れも唐突のように思えたが、同じ弦楽器とは
いっても、大学では一転して西洋の楽器であ
るヴィオラに挑戦することになった。
 しかも、なぜか二年生の時から「団長」を
務めることになった。プログラムにも挨拶文
を載せている。今回の演奏会が、実質的には
引退の最後のコンサートになる。
 中学・高校の六年間も、毎年、学内の文化
祭といろいろな学校が集まる箏曲部連盟の連
合演奏会を聴きに行った。大学でも学園祭の
ブース実演とこの定期演奏会が三回目。
 息子の野球(小学校の健全育成ソフトボー
ルに始まり、少年野球、中学の軟式、高校の
硬式いわゆる高校野球)も終わり、とうとう
子供の行事も終わりを告げる時が来たようだ。

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