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2017年7月15日 (土)

国木田独歩文学碑

国木田独歩文学碑
 国木田独歩の『武蔵野』の文学碑です。JR中央線「武蔵境」駅から北へまっすぐ、武蔵野市の堺浄水場の西側、玉川上水の桜橋西詰めの上流に向かって左岸脇にあります。
 碑面には、『武蔵野』の「六」の冒頭部分が刻印されています。

 今より三年前の夏のことであった。自分は或友と市中の寓居を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、其処で下りて北へ真直に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、

 よく確認してきませんでしたが、上記のように新漢字・新仮名遣いだったような気がします。そこが残念。右の立て札に、「昭和32年10月27日 除幕」とあります。独歩没後49年、つまり五十回忌の年に建てられたもの。
 上記の文章は、途中まででカットされていますが、それに続く文は、

……桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋がある、この茶屋の婆さんが自分に向て、「今時分、何にしに来ただア」と問うた事があった。 

 引用は新潮文庫(昭和24年5月初版・昭和42年10月36刷改版)より。岩波文庫(昭和14年2月初版・昭和47年8月37刷改版)は表記上異同があります。
 桜橋のこの碑がある側を渡ると、ちょっとお洒落っぽい喫茶店(?)のような店があるのですが、まさかこの婆さんの店ではあるまいな。
 独歩が『武蔵野』を「国民之友」に発表したのは、「五」までは明治31年1月、「六」以降は同2月で、書いたのは同年1月。したがって、「今より三年前の夏」とは、明治28年のことで、「或友」とは、独歩の最初の妻となる佐々城信子といわれています。そう、有島武郎の『或る女』のモデルです。私は詳しくは知りませんが、この結婚がすぐに破綻したのは、(当たり前といえば当たり前ですが)独歩、信子双方に問題があったようです。残された写真を見ると、相当な美人ですな。美形というより、ちょっと童顔でコケティッシュな感じとでもいうのでしょうか……。

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