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2019年12月

2019年12月29日 (日)

原稿用紙で手紙を

 久しぶりに原稿用紙に万年筆で文字を書いた。10行ほどで手が痛くなった。親指がつりそうになった。情けない。
 原稿を書いたのではない。手紙である。論文を送ってくれたことへの返礼である。フリーハンドで書いたのではない。パソコンのワープロ・ソフトで下書きし、それを清書したのである。ある意味ナンセンスな行為であるが、やはり手書きで書くべきだと思ったのである。
 その原稿用紙はただの原稿用紙ではない。大学は異なるが文学部の後輩のその論文にも関わる、共通の恩師の名入り原稿用紙である。インクはセーラー万年筆の顔料インク「極黒」を使った。
 体裁は20字×20行の標準的な四百字詰めで、ぴったり二枚。日付や名前を除けば「短説」と同じスタイルである。もちろん短説として書いたのではないが、手紙にちょうど合う分量である。

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2019年12月27日 (金)

短説の会へのレクイエム(3)

 令和元年も暮れようとしている。来年は2020年である。こんな原稿を書いても虚しいだけだ。その後頓挫したままなのも、もはやこの稿を書き継いでゆく意欲が失われているからに他ならない。しかし、尻切れトンボというわけにはいかないだろう。やはり書いておくべきであろう。


 平成19年(2007)1月5日に藤代日曜座会の横山とよ子さんが亡くなられた。それ以前にも短説の会員で亡くなった方はあったかもしれないが、同人間に仲間の死が意識された最初であった。しかしこの時はまだ会が会として活動していたころで、月刊誌も発行され、野田座会が東葛座会に統合され、その東葛も活動停止となり、ほぼ同時に通信座会も頓挫していたが、関西座会は盛況で、東京、上尾、そして横山さんがいた藤代日曜座会も健在であったから、吉田龍星さんの尽力で横山さんの短説集『すみつかれ』が遺稿集として刊行された。
 その2年後の平成21年(2009)1月27日には、短説の会創立同人というよりは詩人の相生葉留実さんが他界した。21世紀以降はそれほど短説を書いてはいないが、かつては東葛座会で存在感のある存在だった。そして、『短説』平成19年と20年の6月号の〈年鑑特集号〉には、前の年1年分の全雑誌掲載の作品を細かく読み込んで批評した長文の「年間読後評」を2年にわたって発表していたのである。
 前記の通り同年7月に、芦原さんから短説の会での出版物の発行の取りやめが発表されたのであるが、その2か月後の9月24日、今度は上尾座会の初期からのメンバーでその中心の一人だった川嶋杏子さんが亡くなった。相生さんと川嶋さんの年齢は不詳だが、おそらく芦原さんと同じくらいか少し若い70歳代であったろう。横山さんが昭和7年生まれで享年74歳、相前後のすなわち同世代だと思う。川嶋さんの死を契機に、その年の12月の座会を最後に上尾座会は解散した。平成3年の発足から18年、212回開催された。自然消滅ではなく、はっきりと解散したのである。
 雑誌もなくなり、これはもう致し方ないであろう。そしてその頃に、原始時代に戻ってしまったかのような回覧作品綴りが送られてきたのである。おやまあ、やれやれ、と思ったわけであるが、それでもまだそのようなものでも送られてきたのは良かったのである。もしかしたら僕も無反応だったからいけなかったのかもしれないが、しかしそれは2回と続かず、以後音信不通になってしまったわけである。

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2019年12月24日 (火)

ホームページという形式

 昨日の記事の通り、引き続きわがサイト「西向の山」のリンク集を調べてみた。私がホームページを作り始めた2002年から2003年にかけて、ウェブページ用の素材を提供するサイトやページ作成の支援をするサイトが多数あり、当時大いに参考にさせてもらった。しかし、それらのサイトの多くが(というよりほとんどが)もはや閉鎖されているか、消息不明でアクセス不能になっている。
 10年ひと昔といってしまえばそれまでだし、インターネットはじめ特に科学技術の分野の進展はめまぐるしく移ろいゆくものだろうけど、無名の個人がウェブサイトなるものを手軽に制作し、何かしらの作品や成果を発表したり情報を発信するのに、ホームページはすでに廃れつつある形式なのか。何か寂しい。

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2019年12月23日 (月)

崙書房出版が7月末で業務終了していた

 平成31年(つまり今年の)3月31日のYahoo!ジオシティーズ閉鎖に続き、令和元年(つまり今年の)12月15日をもってYahoo!ブログも閉鎖された。それにともなって、わがサイト「西向の山」のリンク集を更新した。そして、リンク切れの確認をしていたら、崙書房出版が今年の7月31日で業務を終了していたことを知った。
 崙書房出版といっても知る人ぞ知るだろう。千葉県流山市にある(今となっては「あった」)小さな出版社で、房総の歴史・地理・自然・人々をテーマにした図書を出していた千葉の地域に根ざしたいわゆる「地方小出版社」であるが、芦原修二氏との縁から、『短説』の月刊誌ほかを制作依頼していたのである。その書肆が、今年の7月末で業務をすでに終了(すなわち廃業)していたのである。そして、それを今日はじめて知ったのである。
 おそらく芦原修二さんもご存命ではないであろう。「短説」を伝えるものがまた一つなくなったのである。
 往年のホームページやブログの多くもアクセス不能になり、いろいろなものが終息に向かっている感の今日この頃である。それが、歳月の経過というものか。諸行無常とはよく言ったものであるが……。

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