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2019年12月27日 (金)

短説の会へのレクイエム(3)

 令和元年も暮れようとしている。来年は2020年である。こんな原稿を書いても虚しいだけだ。その後頓挫したままなのも、もはやこの稿を書き継いでゆく意欲が失われているからに他ならない。しかし、尻切れトンボというわけにはいかないだろう。やはり書いておくべきであろう。


 平成19年(2007)1月5日に藤代日曜座会の横山とよ子さんが亡くなられた。それ以前にも短説の会員で亡くなった方はあったかもしれないが、同人間に仲間の死が意識された最初であった。しかしこの時はまだ会が会として活動していたころで、月刊誌も発行され、野田座会が東葛座会に統合され、その東葛も活動停止となり、ほぼ同時に通信座会も頓挫していたが、関西座会は盛況で、東京、上尾、そして横山さんがいた藤代日曜座会も健在であったから、吉田龍星さんの尽力で横山さんの短説集『すみつかれ』が遺稿集として刊行された。
 その2年後の平成21年(2009)1月27日には、短説の会創立同人というよりは詩人の相生葉留実さんが他界した。21世紀以降はそれほど短説を書いてはいないが、かつては東葛座会で存在感のある存在だった。そして、『短説』平成19年と20年の6月号の〈年鑑特集号〉には、前の年1年分の全雑誌掲載の作品を細かく読み込んで批評した長文の「年間読後評」を2年にわたって発表していたのである。
 前記の通り同年7月に、芦原さんから短説の会での出版物の発行の取りやめが発表されたのであるが、その2か月後の9月24日、今度は上尾座会の初期からのメンバーでその中心の一人だった川嶋杏子さんが亡くなった。相生さんと川嶋さんの年齢は不詳だが、おそらく芦原さんと同じくらいか少し若い70歳代であったろう。横山さんが昭和7年生まれで享年74歳、相前後のすなわち同世代だと思う。川嶋さんの死を契機に、その年の12月の座会を最後に上尾座会は解散した。平成3年の発足から18年、212回開催された。自然消滅ではなく、はっきりと解散したのである。
 雑誌もなくなり、これはもう致し方ないであろう。そしてその頃に、原始時代に戻ってしまったかのような回覧作品綴りが送られてきたのである。おやまあ、やれやれ、と思ったわけであるが、それでもまだそのようなものでも送られてきたのは良かったのである。もしかしたら僕も無反応だったからいけなかったのかもしれないが、しかしそれは2回と続かず、以後音信不通になってしまったわけである。

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