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2021年3月

2021年3月30日 (火)

北向観音堂の夫婦杉

 前々回の記事で書いた上田電鉄別所線ですが、二日前の日曜日(3/28)、令和元年10月の台風被害で「赤い鉄橋」として親しまれた千曲川橋梁が崩落して不通になっていた区間が復旧し、無事に全線開通したというニュースが流れました。よかった、よかった。動画でも見ました。「赤い鉄橋」はなるほど美しいですね。

 前回、北向観音堂の『愛染かつら』の木を調べて以来、その戦前の松竹映画の主題歌「旅の夜風」が頭の中を離れなくなりました。オリジナルは霧島昇とミス・コロムビアのデュエットですが、のちの懐メロでは女性の方はいろいろな歌手のバージョンがあります。
 その愛染カツラからの「木」つながりということで、おなじ北向観音堂の境内(愛染カツラの木とは逆サイド、本堂向かって左側、本堂は北を向いているので東側)に「夫婦杉」と呼ばれている杉があります。

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 愛染カツラは「縁結びの霊木」といわれていますが、こちらはいわばその先の「夫婦円満」の象徴とされています。ほかにも別所温泉には恋愛に関するスポットがたくさんあり、「恋愛成就のパワースポット」めぐりが売りになっています。

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2021年3月22日 (月)

信州・別所温泉の北向観音堂と『愛染かつら』の木

 温泉の多い信州でも最古の湯といわれる別所温泉。と、きのうはさらりと流しましたが、その由来は、景行天皇の時代、ヤマトタケルの命(倭建命/日本武尊)の東征の折りに発見されたとの伝承によります。ということは、この時の旅ではそこまで足を延ばせませんでしたが、軽井沢の旧碓氷峠の「吾妻はや」からの続きというわけですね。
 別所温泉観光協会発行の「街歩きガイドマップ」には、〈信州の鎌倉〉〈太陽と大地の聖地温泉〉と謳われています。

 その別所温泉の地理的にも精神的にも中心にあるのが「北向観音」さまです。

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天台宗別格本山 北向観音・常楽寺』の公式サイトによると、

「北向観音堂は、平安時代初期の天長2年(825年)、比叡山延暦寺座主の慈覚大師円仁により開創された霊場です。
安和2年(969年)、平維茂は一山を修理し、三楽寺、四院、六十坊を増築したと伝えられています。
寿永元年(1182年)には源平争乱の中、木曾義仲の手により八角三重塔と石造多宝塔を残して全て焼失してしまいますが、源頼朝の命のもと伽藍復興がおこなわれ、建長4年(1252年)、塩田陸奥守北条国時により再興されました。」

 ということです。

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 そして、本堂が北に向いているのは、わが国でもほとんど例がないそうですが、通常の南向きに建立された善光寺に向かい合うように北向に建立された「北向観音様」は「千手観音様を御本尊として現世利益を願い」南向きに建立された「善光寺様」は「阿弥陀様を御本尊として未来往生を願います」ということで、「現在と未来の片方だけですと片詣りと言われおり、向き合ってる両方をお詣りしたほうが良いと言われるようになりました」というわけなのでした。

 信仰上の意味は分かるし、納得もするのですが、これは一種の観光戦略ではないのかと思います。まあ、昔から日本人は……。でも、それでいいのです。善光寺詣でもお伊勢参りも、生涯最大のそしてほとんど唯一の行楽だったのですから。ただ当時は命がけであったのですが。真剣深刻過ぎる信仰は排他的になりますね、たぶん。

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 さて、この木は何でしょう。北向観音堂の正面から見て右手すぐのところ(つまり、北を向いている正面に正対するので西側に位置する)梵鐘のとなりに、太く高く聳え立っています。桂の巨木ですが、ただの木ではありません。注連縄が張られていますね。上田市の指定文化財になっています。
 これが、第1回直木賞作家である川口松太郎の『愛染かつら』で有名になった愛染カツラの木です。

 小説『愛染かつら』は昭和12年(1937)2月号(一説には1月号)から翌13年(1938)5月号まで雑誌『婦人倶楽部』に連載され、のちにベストセラーになっていますが、むしろ、当時の大スター二人である上原謙と田中絹代が主演した松竹映画が大ヒットし、そちらが一世を風靡しました。〈前篇〉〈後篇〉同時公開というのは当時でも異例だったと思われます。
 と知ったようなことを書きましたが、現在80過ぎの私の親ですらまだ生まれるか生まれないかの戦前の話で、私などはまったくピンと来ないはずなのですが、あの、

♪ 花も嵐も 踏み越えて
♪ 行くが男の 生きる道
♪ 泣いてくれるな ほろほろ鳥よ

 という主題歌『旅の夜風』(作詞/西條八十・作曲/万城目正)は、その歌詞もメロディもすぐに思い浮かび、なんとも言えない哀切な気持ちになります。チャ~ンカ、チャンカ、チャンカ、チャン、という“演歌”の定番になった伴奏のアレンジは、いまとなってはパロディにしかならないのですが、何らあの時代にもあのドラマにも思い入れがなくても、なぜか胸に迫ってくるものがあります。
 話としては、「身分違いの男女の恋愛がたびたびすれ違いに見舞われる展開」という典型的なメロドラマなんですがね。そののちたびたび映画化され、テレビの時代になってもドラマ化され、懐メロ番組でさんざん『旅の夜風』を聞かされたせいでしょうか。オリジナルは霧島昇とミス・コロムビアのデュエットで、80万枚を売り上げたとか。これは当時としては驚異的なヒットですね。
 たぶん私などは、この曲によって『愛染かつら』というフレーズを記憶しているといったほうがよいでしょうね。その木が、信州・別所温泉の北向観音堂の脇にあったとは、この時ここへ来るまで知りませんでした。

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2021年3月21日 (日)

上田電鉄7255型と別所温泉(平成30年4月10日)

 きょうからソフトボールの春季大会が始まる予定でしたが、荒天の予報できのうの夕方に中止(順延)が決定。予報通り朝から雨が降っています。しかし、まだ「荒天」というほどではありません。春の嵐になって激しい雨が降るという予報でした。どうせならすっきり諦めがつくぐらいの天候になってほしいものです。
 試合がなくなり、コロナで旅行にも行けませんので、過去の旅のアルバムをアップします。

 平成30年(2018)4月10日は私たち「西向」夫婦の結婚30周年記念日でした。前日は朝に軽井沢入りし、日が暮れるまで信濃追分を歩き、憧れの万平ホテルに泊まりました。三島由紀夫やジョン・レノンが泊まった部屋ではありませんが。
 その模様は私たちのホームページに「軽井沢文学散歩〈軽井沢編〉〈信濃追分編〉として18頁も費やして詳しくアップしました。(この「軽井沢文学散歩」は単に個人的なものではなく、“文芸評論家・小川和佑先生のゼミ合宿で歩いた”というコンセプトのもとに作られたものです)

 そしてこの日は、お昼すぎまで旧軽から新軽を散策し、旧信越本線(現・しなの鉄道)で上田まで行き、上田電鉄別所線に乗り換えて別所温泉へ来ました。

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 たまたま乗ったのが、この年5月12日(つまりあと一ヶ月後)に引退することが決まっていた7200系の7255編成・愛称「まるまどりーむ号」でした。元は東急の車両です。(鉄道の話をしだすと際限がなくなりますので、詳しくは省略)
 上は上田駅の出発まえ、下は別所温泉駅に着いたところ。特徴的なのがこの「丸窓」です。

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 この別所線ですが、二年半前の令和元年(2019)10月12日、 台風19号(「令和元年東日本台風」)により全線運休となり、翌13日には千曲川の増水により「城下」駅側の千曲川橋梁が崩落してしまいました。鉄の橋が真っ二つに落下。始発の上田から次の駅である城下間はいまだに運休したままです。(バスで代行運転)
 それがこの28日にようやく全線開通します。崩落した鉄橋は、上田市が市有化し、復旧工事が進められたそうです。

上田電鉄引退する7200系

 上と下の写真は、このブログに現地からリアルタイムにアップしたもの。

信州・上田電鉄別所線の終着駅

 この旅行の目的は第一に信濃追分をメインに軽井沢再訪でしたが、もう一つは信州・長野県のまだ行ったことがない地を巡るというものでした。
 当初は、私の父の故郷でる木曽の上松に行きたいと思っていました。木曽は材木の町(というより村に近い)で、小さな製材所を営んでいた祖父母が工場も家もたたみ、東京の自宅に同居することになったのは私が20歳のときですが、それ以来一度も訪れていません。ですので妻は行ったことがありません。
 しかし、軽井沢からだと、広い長野県のことゆえ交通の便が悪いので、今回は断念し、信越線沿いに行ける別所温泉と善光寺にしたのです。父の故郷ゆえ長野県はいろいろ廻りましたが、あの有名な善光寺にはまだお参りしていないのでした。
 ですので、第二の目的は善光寺なのですが、別所温泉の「北向観音」はその本堂が善光寺に向かい合うように「北に向いている」ということから、善光寺だけに参拝して北向観音に詣でないのは「片参り」といわれ、忌むべきことと伝えられているので、ぜひとも別所温泉に来たいと思ったのでした。
(最初は単に旅程の都合上、軽井沢-善光寺間の適当な経由地で、軽井沢ではあまり味わえない温泉に泊まりたいという理由で選んだのですが、調べたらそういう謂れがあったのでした)

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 別所温泉内ではメインストリートからはちょっと離れていますが高台に位置する「かわせみの宿」に泊まりました。その和室の部屋からの眺望。軽井沢ではまだ桜(ソメイヨシノではなく開花の遅いオオヤマザクラですが)は咲いていませんでしたが、こちらはちょうど満開でした。

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 花のことがよく分からなくて残念ですが、梅と桃と桜が同時に咲いている図でしょうか?
 夜は、宿の案内で、森林公園の方へ星空観察のミニツアーに出かけました。温泉の多い信州でも最古の湯といわれる別所温泉。泉質は単純硫黄温泉で、ph8~9の低張性アルカリ性高温泉。いい湯でした。
 外湯めぐりまではできませんでしたが、共同湯が三箇所にあり、そのうち「大湯」は三層の瓦屋根が特徴的ないかにも風情のある外観で、木曽義仲が葵御前と湯治したと伝えられています。ゆえに「葵の湯」とも。150円で入湯できます(2018年現在)。今度行ったときはぜひ入りたいですね。

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2021年3月16日 (火)

◇小川和佑先生トークのラジオ再放送!

◇小川和佑先生のNHKラジオでのお話し、「泰平の世を桜花に願う」が再放送されます!

「小川ゼミ通信」Vol.45
小川和佑ゼミナールOB、OGの皆様へ

 みなさん、お元気ですか。春ですよ。
 コロナに翻弄される人の世においても、やはり桜は咲きますね。
 3月11日(東日本大震災から満10年の日)に広島で、翌日には福岡で、14日には東京で桜(ソメイヨシノ)の開花が発表されました。各地で観測史上最も早い開花を更新しているとか。

 そうです、桜といえば、もちろん小川先生です。
 平成25年(2013)4月6日の土曜日、14年ぶりに四ツ谷でお花見会を開きました。この年も開花が早く、ソメイヨシノは散っていたのですが、紀尾井町通りの八重桜はちょうど満開でした。
 これが和佑先生とご一緒した最後のお花見になったのですが、その翌週の4月13日(日)、NHKラジオで、「泰平の世を桜花に願う」が放送されたのでした。
 それが、このコロナ禍のなか、まさに「泰平の世を願い」再放送されます。

☆4月5日(月)深夜25時台=4月6日(火)午前1時台
「深夜便アーカイブス」のコーナーで再放送
NHKラジオ第一放送(NHK-FMでも)
ほか、インターネットの「NHKらじる★らじる」や「radiko(ラジコ)」でも視聴可
(むしろこちらの方が電波状況に左右されないで視聴できます)

〇番組ホームページの放送予定には、3月26日(金)の夕方ころに掲載予定
https://www4.nhk.or.jp/shinyabin/
(放送後一週間は、聞き逃しサービスもあります)

 以前は必死になって「エア・チェック」(死語?)しましたが、今は聴くチャンスが広がりました。
 ぜひ、お聞き逃しなく。あの懐かしいお声を再び!

 昨年、コロナで休業中に、「小川和佑先生と歩いた軽井沢文学散歩アルバム」の「信濃追分編」全9ページを完成させました。併せてご笑覧を。
http://nishimukou.my.coocan.jp/sanpo/shinano_oiwake01.htm

小川和佑ゼミナールOB会事務局:西山正義
「小川ゼミの部屋」http://nishimukou.my.coocan.jp/ogawazemi.htm


  この電子メールによる「小川ゼミ通信」は、平成12年(2000)3月13日午前3時19分に、その記念すべき「Vol.1」を配信しました。先生が70歳になられる年で、明大の「最終講義」を計画しはじめていた頃でした。
 それから18年、平成30年(2018)9月20日に配信した「小川和佑先生五回忌の命日に」で「Vol.41」を数えました。
 その後、メールでは配信しませんでしたが、昨年(令和2年に)「短説ブログ」やこのホームページに掲載した三回分、
・9月13日の「小川和佑先生の七回忌のご命日を控えて(附:『小川のせせらぎ』第2号〈編集後記〉」を「Vol.42」、
・9月20日の「七回忌のご命日に」を「Vol.43」、
・9月26日の「七回忌のご命日を過ぎて」を「Vol.44」とカウントし、
今回の配信を「Vol.45」と銘打ちました。

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