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2021年5月 7日 (金)

短説「精神の鈍化」西山正義

   精神の鈍化
   
(――空白を埋めるための後付け短説)
            
西山 正義

 ハンス・カロッサや堀辰雄の『幼年時代』
をあげるまでもなく、多くの作家がその幼年
から少年時代の思い出を書き残している。若
年のころの記憶(実際の体験というよりは脳
裡に刻み込まれた原風景)は、その人生に決
定的な影響を与えるから、ものを書く人間な
ら誰しも書き留めておきたくなるのだろう。
 ただしそれは、実際の体験を忠実に再現し
たいという場合もあるかもしれないが、幼年
から少年時代特有のある甘やかな、一種の見
果てぬ夢みたいなものを加味したり、自己の
体験として直接的にではなく、虚構の中で登
場人物に仮託してひそかに書き留めておくと
いう場合もあるだろうし、あるいはもっと文
学作品として実験的な試みを試す方法として
という場合もあるだろう。が、いずれにしろ、
書かずにはいられないモチーフなのだった。
 あの、幼年から少年時代のほろ苦くしかし
妙に甘やかな空気というものは一体なんだろ
う。おそらくそれは観念が勝る以前の、若く
柔らかい心と身体にダイレクトに刺激を感じ
たまさに官能的な体験であるからであろう。
 ところが、そうした記憶を折に触れて思い
出したり、幼年・少年時代を切なくも甘く感
傷的に反芻するのも、せいぜい二十代のなか
ばか終わり頃までで、四十五も過ぎれば、も
はやどうでもよくなってします。それは、年
とともに感受性が磨滅したためだろうか。
 なぜこんなことを思ったかというと、六十
三歳で亡くなった壇一雄の没後に出た『わが
青春の秘密』を読んだのだ。どうも晩年の作
品のようなのだが、よくもこんなにつぶさに
幼年時代を思い出せる、そして書こうと思う
ものだと正直羨ましくなったのだった。失わ
れたものを取り戻そうという、そういう想い
すら失われつつあるのだ。それはもう…… 

ブログ:平成21年(2009)12月22日(火)~1:49
短説化:令和3年(2021)5月7日(金)20:00~21:20

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