短説「花が散っていたって……」西山正義
花が散っていたって…… (――空白を埋めるための後付け短説) 西山 正義 ・ 「花が散っていたっていいじゃないか。君た ちに会えれば」 と、小川和佑先生はおっしゃった。受話器 越しの声は優しく温かだった。宇都宮のお宅 の茶の間が瞼のうちに浮かぶ。 先生のゼミOB会で花見を計画していたの だ。ゼミの行事としては、平成二十二年八月 の「先生八十歳祝賀・日光合宿」以来二年半 ぶりだが、お花見は二十世紀だった平成十一 (一九九九)年の新宿御苑以来、十四年ぶり だった。日程は、平成二十五年四月六日土曜 日、場所は四ツ谷に決まっていた。 ところがこの年は、冬の寒さが厳しかった わりに春の訪れが早く、急激に暖かくなり、 桜の開花が異様に早かったのだ。四月に入り 東京の桜は満開からはや二週間近く経ってい て、見頃どころか、四月三日には強風が吹き あらかた散ってしまった。 今回の花見は、発足時から長らくそして深 くOB会に関わっていながら、今まで一度も メインの幹事をしたことがなかったAさんが 初めて企画したものだった。それで大いに腐 心することになる。今更日程は変えられない が、場所を変更しようかと。Y君も加わり、 直前になってああだこうだと、あわただしく 打ち合せすることになった。 先生曰く。「四ツ谷にも八重桜があるぞ」 調べてみたら、Aさんがランチ会場に設定 した(私などなら思いつかないようなオープ ンカフェもあるお洒落な)店がある紀尾井町 通りは、知る人ぞ知る有名な八重桜の並木に なっているのだった。四月一日に下見したと ころ、やっとほころび始めたという感じであ った。それで三月初旬の計画通りに決行した のだ。するとどうだろう、ソメイヨシノより 濃い紅色の八重桜が満開だったのである。 |
小川ゼミ通信Vol.27:平成25年(2013)3月12日(火)
小川ゼミ通信Vol.29:平成25年(2013)4月4日(木)
短説化:令和3年(2021)5月2日(日)12:30~15:00
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