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2024年1月

2024年1月30日 (火)

「小川ゼミ通信」Vol.48(LINE友だち追加依頼)

小川和佑ゼミナールOB、OGの皆様

 昨夜、三年ぶりにメールしました。今年は先生歿後十年ですから、とにかく集まりましょう。
 その前段階として、先生が得意とした立原道造の〈ヒヤシンスハウス〉を見に行きがてら、OB会の企画を練りましょうという話です。

 どこからそういう話が出て来たかというと、実は2021年10月に小川ゼミのLINEグループができて、その中でのやり取りからです。少しずつ人数が増え、現在13名登録されています。
 メールより圧倒的に手軽で便利ですので、LINEをやっている方は、アカウントを教えてください。あるいは、以下の方法で私を「友だち」追加してください。グループに招待します。
 他愛ないことや写真をアップしたり、近況や情報交換の場にしていますので、ぜひご参加ください!

Subject: LINEで一緒に話そう!
西山正義から、コミュニケーションアプリ「LINE」への招待が届いています。
友だちや家族と音声・ビデオ通話やグループトーク、スタンプ、ゲームなどをお楽しみください!

ダウンロードはこちら:https://line.me/D

西山正義を友だちに追加するには、下記のリンクにアクセスするか、添付のQRコードをスキャンしてください。(※ここでは非公開)

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2024年1月29日 (月)

「小川ゼミ通信」Vol.47(今年は集まりましょう!)

小川和佑ゼミナールOB、OGの皆様

 寒中お見舞い申し上げます。
 令和六年は元日から能登半島の地震で大変な幕開けとなりましたが、みなさん如何お過ごしでしょうか。私は家族ともども変わらず元気です。
 さて、本年は、われらが恩師・小川和佑先生が永眠されて十年の年になります。コロナも5類に移行しましたので、今年こそはOB会で集まりたいと思います。

 と思っていたところへ、一昨日の夜、五十嵐正人さんから小川ゼミのグループLINEに、立原道造が設計した風信子荘〈ヒヤシンスハウス〉を再現した小屋を取り上げたテレビ番組が紹介されました。

◎テレビ東京で、1月27日(土) 22:00~22:30に放送されたものですが、再放送もあります。
◎番組名:新美の巨人たち 立原道造「ヒアシンスハウス」×内田有紀
再放送:2月3日(土) 23:30~深0:00
https://artexhibition.jp/topics/news/20240123-AEJ1822732/

 私も(皆も)見逃したので、再放送を観ましょう、ということになったのですが、それならいっそうのこと現物を見に行きませんか、ということに話が盛り上がってきました。
 小川先生が愛した立原道造をダシに皆で一度集まり、そして、九月二十日のご命日に向けて、追悼の集まりを企画しましょうということになりました。

 まだ話だけで、何も決まっていません。ご意見・ご希望をお寄せください。
 日程の候補としては、立原道造だけに、やはり「爽やかな五月に」ということで、ゴールデンウィークあたりでしょうかね。

 私は17年前に行ったことがあり、ホームページで報告しています。こんな所です。
(埼玉県さいたま市南区の別所沼公園内)
http://nishimukou.my.coocan.jp/sanpo/mititati_hyacinthus.htm

小川和佑ゼミナールOB会事務局:西山正義
「小川ゼミの部屋」http://nishimukou.my.coocan.jp/ogawazemi.htm

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2024年1月 5日 (金)

短説「令和六年が明けて(その二)」


  令和六年が明けて(その二)
 

            
西山 正義

 令和六年は元日の能登半島大地震ではじま
り、二日に羽田で旅客機が衝突炎上、三日に
北九州の飲食店街で大火災、海外に目を向け
ればもう筆舌に尽くしがたい。四日には三島
由紀夫やジョン・レノンも撮った篠山紀信さ
んがお亡くなりになった。八十三歳。ジョン
とは同い年だったのね。
 二日は、久しぶりに皇居の一般参賀に参列
するつもりであった。和田倉門の噴水前に着
けば、誰とも何の打ち合わせもしていないが、
当然、日ノ丸の小旗配りが待っていたはずで
ある。が、地震で中止になった。
 それで朝から箱根駅伝とラグビーの大学選
手権の中継を見て、外には家の庭のみ三十歩
くらいしか出ていない。妻や帰省中の息子も
含めてこの日は完全休養日となった。
 三日は、息子は高校のあった街に映画を観
に行った。来月二十九になる息子。もうそん
なに親に付き合わないのも無理はない。それ
で妻と二人でドライブに出掛けた。
 西東京市の東伏見稲荷神社をめざした。わ
が家から一回右折するだけで着けるのに行っ
たことがなかった。しかし駐車できなかった
ので、近くの下野谷遺跡に行った。縄文時代
の竪穴式住居が二基復元されている。案内板
が充実していて、キャラクターが可愛い。
 それから井草八幡宮に赴いたが、やはりこ
ちらも停めるのに難儀しそうだったので、善
福寺公園に向かった。三台しか停められない
コイン・パーキングが一台空いていた。源頼
朝の奥州征伐ゆかりの「遅の井」がある上の
池側を一周そぞろ歩く。大人の鴨が頸を埋め
てじっとしているのに、子供の鴨は盛んにも
ぐって小魚をついばみ活発に泳いでいた。
 夜は息子も帰ってきて、すき焼きを囲んだ。
老母も年を越し、家内は平安な新年である。

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2024年1月 4日 (木)

短説「令和六年が明けて」


   令和六年が明けて
 

            
西山 正義

 西暦でいえば二〇二四年。二十一世紀も十
二支が三巡目に入ったわけだ。と、その元日、
能登半島で大きな地震が起こった。ビルや家
屋の倒壊に火災、そして東日本大震災の記憶
がまだ消えない大津波が襲った。
 二日には、羽田空港の滑走路で、その大地
震の救援物資を運ぼうとしていた海上保安庁
の航空機と札幌からの日本航空機が衝突し、
炎上した。海保機は跡形もないほど。しかし
日航機の乗客乗員三七九人は全員脱出できた。
ペット二匹は救出できなかったが、状況を鑑
みれば奇跡だという。そして三日、北九州市
小倉北区の飲食店街で大規模な火災が発生。
 新年早々の正月三が日、どうした日本、と
言いたくなるが、地震は日本全国どこでも起
こり得るし、時も関係ない。改めて肝に銘じ、
やはりもっと真剣に備えるべきであろう。
 能登地震が起こったのは元日の午後四時十
分頃。東京も揺れたらしいが気づかなかった。
初詣の列に並んでいた。以前から気になって
いた市谷亀岡八幡宮に初めて詣でた。むかし
自衛隊の例の東部方面総監室があった市ヶ谷
の防衛省のとなりの崖上に鎮座するから、そ
の参道はかなり急な階段になっている。ちょ
うどそこに立っていた時間に地震があったの
だから、感じそうなものなのだが……。
 息子夫婦が大晦日に鬼怒川温泉に泊まり、
元日に宅に来た。娘も合流した。お雑煮とお
せちを食し、ウルトラマンのイベントに行く
娘を水道橋の東京ドームに送り、少し戻って
市谷亀岡八幡宮に。ここはペットと参詣でき
ることで有名で、愛犬を連れた参拝客が大勢
いた。息子の嫁は単身京都の自宅に帰るので、
東京駅まで送った。地震で東海道新幹線にも
遅れが出ていたが、無事帰宅。より震源に近
い京都の家の中も無事であった。 

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