文芸評論家で近代文学研究家の小川和佑先生の七回忌のご命日も過ぎました。奥様から法要が無事済んだというご連絡をいただきました。
その九月二十日前後、先に制作した小川和佑ゼミナールOB会誌『小川のせせらぎ』第2号に掲載した「小川和佑先生著書目録」第二回に続くべく第三回用の原稿を、いくつかすでに同ブログにアップ開始しました。
それで、『近代日本の宗教と文学者』を読み返したのですが、これは元はNHKラジオの放送であるので、その放送を録音したカセットテープのアナログ音源をデジタル化しようと思い立ちました。いやもっと以前にやろうと思っていたのですが、先生がお亡くなりになって、生のお声を聴くのが辛くてなかなかできなかったのです。
これはNHKラジオ第二放送の「NHK文化セミナー」のシリーズで放送されたラジオ講座で、平成7年(1995)年の2月5日から2月26日までの毎週日曜日の午後20時から一時間、全四回放送されたました。
『近代日本の宗教と文学者』(1995年)
第一回(2月05日):明治キリスト教徒文学者
第二回(2月12日):漂流する神を求めて
第三回(2月19日):信仰と革命の思想
第四回(2月26日):美しい日本に詩と真実を求めて
NHKだから当然CMはなく、時報に続いてすぐに、テーマソングに乗せてアナウンサーによるごく簡単な番組と講師の紹介があり、終りも同様。その時間が前後一分程度で、途中に休憩もないので、講義は正味58分あります。
もちろん生放送ではなく、1月12日から毎週木曜日に南青山のNHK放送センターで収録されたよし。
今にして思えば、この放送時期です。すなわち、阪神淡路大震災の直後から、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こる直前までの、間ということになります。近代日本の宗教や神の問題を考えるには、あまりにもタイムリーだったと言わねばならないでしょう。
個人的には、放送のちょうど中間の2月15日に、私たち夫婦の第二子である長男が生まれています。
まあそれはそれとして、当時先生は65歳で、まだまだ若々しいお声で、ほとんどよどみなくマイクの前で講義されています。実にうまいというほかありません。多少のアドリブも入っているようですが、そのまま本にしてもいいような完全な原稿を用意して講義しているので、事実、その放送原稿をほぼそのまま活かして加筆されて単行本になっています。
それが、翌年出た『近代日本の宗教と文学者』(平成8年2月・経林書房刊)です。私などが言うのもなんですが、見事な論評です。放送をダビングするのに聞きながら本を読んでいると、さらになるほどと思います。そしていろいろな思いに駆られます。
そして、本書に導かれ、
・ラフカディオ・ハーンの『Kwaidan』(すなわち小泉八雲の『怪談』――岩波文庫版は息子に京都に持っていかれたので、新たに文字の大きくなった新潮文庫版を数日前に購入)
・和辻哲郎の懐かしい古典的名著『古寺巡礼』(岩波文庫)
・亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』(これも文字が大きくなった新潮文庫の新版を昨日買い直しました)
・堀辰雄の『大和路・信濃路』(文字の小さい昔の新潮文庫)
をここ数日読み直しています。この時生まれた息子がもう25になり、現在、京都に在住です。仏像や仏閣を観たくなりました。
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