日記・コラム・つぶやき

2020年6月28日 (日)

やっとなのに、雨の日曜日

 やっとできることになったソフトボールの大会が、初日から前で中止。予報通りでしたね。夜中の三時ころから降り出し、文句なし、完璧な雨。これではどうしようもない。気を持たせる天候よりは、はっきりしていた方がよいが。

 晴耕雨読といきましょう。

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 わが家の老猫は、しょぼしょぼと、しかしけなげに生きております。画像はまた今度に。きょうは花を。

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2020年6月 2日 (火)

『特別定額給付金のお知らせ』

やっと来ました。

東京都調布市在住です。

同じ敷地に住む、母と妹のところでは、

世帯主の記載に間違えがありました。

「対象となる方」には、

《基準日(令和2年4月27日)において、調布市の住民基本台帳に記録されている方》

となっていますが、では、そもそもそちらが間違えているわけで、どうなってるの?

父が死んで、相続の時に、世帯主を妹にしているのに、

その手続きは、もう三年前に終えている。

ちなみに、仄聞するところによると、

おとなりの狛江市は一週間ほど前に来たそうです。

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2020年5月31日 (日)

『信濃追分文学散歩』完成

 コロナで休業も今日で最後。外出自粛、最高に楽しかったのに……。憂鬱です。
 きのうは、おとといの夜に「信濃追分文学散歩」を完成させたので、だらだらしてしまいました。完全に運動不足です。昼間もうたた寝をし、夜の9時前には寝てしまいました。そうなるとさすがに夜中に目が覚め、いったん起きようかと思いましたが、もう一度寝て、やっと寝付いたかと思ったら、今度は猫に起こされました。
 最近は無言で枕元に坐って、顔に体や顔を押し当ててきます。それも触るか触らない程度に。そうされると、毛やヒゲでくすぐったくてしようがありません。それをわかっているようです。意図的としか思えません。それで4時半に起きざるを得なくなりました。

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 わがホームページ『西向の山』の「文学散歩」と「小川和佑ゼミの部屋」の共通ページである『軽井沢文学散歩』の《信濃追分編》が完成しました。
 その編集後記をまずは転載します。

〔平成30年/令和2年版の編集後記〕
 明大の恩師・小川和佑先生と歩く軽井沢文学散歩のページを作り始めたのは、平成15年(2003)12月17日でした。それから15年後に旅したこの〈信濃追分編〉を追加し、元の〈軽井沢編〉も大幅に増補しました。本日は令和2年(2020)5月29日です。この18ページを作るのに、実に16年半もの年月をかけてしまいました。
 令和2年、西暦2020年は、世界史(というか人類史上)に残る事件がありました。いや、まだ現在進行中です。ちょっと前までは存在すらしていなかった新型コロナウイルス(COVID-19)とやらが、全世界中にパンデミック(世界的な感染拡大)し、第二次世界大戦にも匹敵するような大変なことになっています。私も、4月16日~30日、5月16日~31日まで、二度の休業を余儀なくされました。大幅減収です。しかし、不謹慎かもしれませんが、この長い長い「外出自粛」は、私には恵みでした。お陰で、猫のページと信濃追分文学散歩を完成させることができました。
 作り始めてから16年半、この間の最大の出来事は、小川和佑先生がお亡くなりになったことです。もう一度、先生と一緒に軽井沢を歩きたいです。
「いや、もう、君たちだけで行きなさいな」
 と、言われてしまいそうですが……。
     (令和2年5月29日・西山正義)

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 小川和佑先生と最後に軽井沢を歩いたのは、平成15年の10月17日。この時季の軽井沢は初めてでした。快晴でした。自家用車で行ったのですが、二代前のイプサムでした。この時も現地にいたのは午前10時から午後4時半頃までの6時間ちょっと。
 それから15年後の4月、信濃追分にいたのも午前10時から午後5時までの7時間。合わせて13時間半。それを18ページのホームページにしました。完成するのに16年半。最後は、コロナのお陰で完成できたといっても過言ではありません。
 それがきょう一日で最後です。いつまでも「外出自粛」では、生活が破綻しますが、本音を言えば、引きこもっていたいです。
 きょうは日曜日。奇跡的ともいえる10週連続で日曜日が休みになったのに、ソフトボールがすべて中止でした。こんなに長く休んだ(できなかった)ことは一度もありません。来週からようやく再開。東京は第二波が懸念されますが、さすがにいい加減に運動したいです。

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2020年5月17日 (日)

コロナで休業、僕には猫の介護

 前回の投稿(4月5日)からちょうど六週間が経った。この間は、言うまでもなく新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大による「緊急事態宣言」出されている期間で、14日に「特定警戒都道府県」を除く39県で解除されたが、僕が住む東京ほか首都圏はなお継続中で、外出自粛が求められている。
 とにかくこのCOVID-19のパンデミック(全世界的な感染爆発)は、驚愕・驚嘆以外の何物でもなく、第三次世界大戦にも匹敵するような歴史的な大事件である。しかもまだ、その渦中にいるわけだ。
 経済的な打撃は計り知れず、歴史の教科書で知っているだけだが、誰もが経済上の最大の事件として知っている1929年からの世界大恐慌よりも酷いのではないかと言われている。そりゃあそうだろうと思う。

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 僕の勤務先も4月16日から31日まで休業になった。5月1日から業務再開されたが、きのう16日から今月いっぱい再び休業である。つまり4月なかばから5月末までの八週間のうち四週休みというわけだ。
 それで給料が全面的に保障されるわけではない。まったく出ないよりはましだが、大幅減収である。さらに僕は、年次有給休暇の所得義務があり、トータル五週間(ほぼ丸々一ヶ月)休み。
 しかし僕には幸いである。わが家の19歳になる超高齢のお婆さん猫が、4月14日ころから急に弱りだし、コロナで休業になった16日にはほとんど危篤に近い状態に陥ったのだが、お陰でずっとつきっきりで看護できた。弱り方が急激でびっくりしたのだが、病気というよりさすがにもう老衰だと思っていた。看護といっても、獣医ではないので、見守ることしかできない。
 それでもちょうど休みになったので、一日中夜中もほとんど寝ずに世話することができた。
 それで、実はこの休み中にあの世に見送ることになるだろうなと覚悟もしたのだが、驚異的な回復力で、4月23日ころにはかなり回復し、25日にはほぼ快気したといっていい状態に戻ったのだった。

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 それからは毎朝、以前にもまして早朝に起こされ、食欲も旺盛。老衰ではなく、何かの病気だったのでしょうね。仔猫のときから19年間一度も病気になったことがなかったのだが。(まさかコロナ?)
 そんなことになる前、何か虫の知らせでもあったのか、3月8日から、僕のホームページ『西向の山』の更新を取り止めていた(というより諦めていた)ページ「猫の部屋」を14年ぶりに更新し、新規ページの作成を再開したのであった。
 前回の投稿で、「約一ヶ月の間に7ページ作った」と書いたが、その後さらに4ページ(しかも量の多い)を作成した。特に最後の2ページ、そのお婆さん猫“ひかり”ちゃんの最新アルバムは、なんとしても死んでしまう前に完成させたい一心で作った。
 その後幸いにも回復したわけだが、今回のコロナの休業は僕にとっては“ひかり”の介護のためにあったような感じなのだった。

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2020年4月 5日 (日)

こんな時こそ家に閉じ籠ってホームページ作り

 新型コロナで週末の「不要不急の外出自粛」が要請された。それが二週連続になり、明日からは平日も基本的には「不要不急の外出自粛」ということである。先週はまだそれほどでもなかったが、今週はさずがに深刻さが増した。やはり、3月30日に報道されたあの志村けんさんがコロナ肺炎で急死したニュースの衝撃度の深さではないだろうか。
 本当なら、きょうはソフトボールの春季大会第1戦、第2戦がダブルヘッダーであるところが、3/29~4/12まで中止になった。それで、日程を変えて延期されるはずなのだが、どうやら、おそらく延期はなくこのまま大会すべて中止になりそうな気配だ。

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 これは金曜日に調布飛行場前の通りで撮った写真だが、先週とは異なり、今週はもう金曜日から人出がなかった。
 そんなわけで、週末まったく暇になったので、家から文字通り一歩も出ずに、ホームページ作りにいそしんだ。僕のホームページは、一番の目的は「短説」を紹介し、僕ら夫婦の自作を公開することと、明大文学部の恩師で文芸評論家の小川和佑先生のゼミのページを作ることにあるが、夫婦の別荘として文学とは関係のない個人的な記録のようなページも作っている。
 その最たるものが、「子供部屋」と「猫の部屋」で、どちらも2006年2月には更新を取りやめ、もはや増補するつもりはなかったのだが、突然思い立って、3月8日から14年ぶりに新規のページ作りを再開したのだった。
 3月8日の日曜は、本来なら僕が監督を務めている小学生のソフトボール大会がある日だったのだが、その前週から新型コロナで学校が「臨時休校」になり、もちろん大会は中止。試合も練習もできなくなったばかりでなく、「六年生を送る会」も中止。
それで、家に閉じこもり、ホームページつくりに没頭したのだった。
 そしてきょうも。約一ヶ月の間に7ページ作った。何十時間もかけて。誰も見ないようなページなのに……。

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2020年3月29日 (日)

外出自粛の週末に桜満開のうえ積雪!

 きのうは東京で最高気温24.9℃。おとといの金曜日も暖かく、このように桜満開。(地元の“アビー・ロード”? だいぶ白線が剥げてきました)

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 そしてきょう、新型コロナ・ウイルス感染症の予防対策で、東京に週末「不要不急の外出自粛」要請が出た、その二日目の日曜日、何もかも中止になった静かな一日に、時ならぬ大雪!
 三月下旬としては32年ぶりの積雪。気温も一月下旬並みの0.7℃まで下がっりました。前日との差は実に24℃。
 32年ぶりということは、僕が結婚した(婚姻届を出しに行った)日以来ということですな。

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2020年3月14日 (土)

開花宣言の日に雪!

 本日午後、東京の桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表され、これは観測史上最も早い開花らしいのだが、その同じ日の今(夕方)、なぜ雪! 最初はみぞれだったのが、今は本格的な雪!である。きのう20℃近くまで上がって、今日この天候。新型コロナといい、なんじゃこれ。

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2020年1月 5日 (日)

年賀状

 やっと年賀状を書きました。
 今年はもうデザインは既成のものを利用しました。が、一人一人(一枚一枚)コメントは手書きしました。宛名も久しぶりに手書き。水に強いインクを手に入れたので、ボールペンやサインペンなどではなく万年筆で書きました。
 宛名はセーラー万年筆の顔料インク「極黒」、コメントはプラチナ万年筆の「クラシックインク」のフォレスト・ブラックを使用。後者は年月とともに色が変わっていく(酸化して黒ずんでいく)そうです。

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2020年1月 2日 (木)

あけましておめでとうございます

 まだ年賀状を作成していません。昨日は元旦から仕事で、今日は朝から箱根駅伝と大学ラグビー2試合を見ながら、だらだら過ごしてしまいました。


 いいニュースを一つ。
 すだとしおさんからの年賀状に、
  なんとか東京座会
  続けています。
 とありました。


 読んでくれている人がいるとすれば、こんなつたないブログですが、本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。今年は少しでも更新頻度を高めたいと思います。

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2019年12月29日 (日)

原稿用紙で手紙を

 久しぶりに原稿用紙に万年筆で文字を書いた。10行ほどで手が痛くなった。親指がつりそうになった。情けない。
 原稿を書いたのではない。手紙である。論文を送ってくれたことへの返礼である。フリーハンドで書いたのではない。パソコンのワープロ・ソフトで下書きし、それを清書したのである。ある意味ナンセンスな行為であるが、やはり手書きで書くべきだと思ったのである。
 その原稿用紙はただの原稿用紙ではない。大学は異なるが文学部の後輩のその論文にも関わる、共通の恩師の名入り原稿用紙である。インクはセーラー万年筆の顔料インク「極黒」を使った。
 体裁は20字×20行の標準的な四百字詰めで、ぴったり二枚。日付や名前を除けば「短説」と同じスタイルである。もちろん短説として書いたのではないが、手紙にちょうど合う分量である。

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