日記・コラム・つぶやき

2018年1月11日 (木)

平成30年の年頭に(「短説」復刊か?)

 新年最初の投稿。平成三十年が明けて、すでに十一日目である。年末年始にまとまった休みが取れなくなって七年になる。それ以前の五年間は、比較的長い休みがあった。今年は晦日と元日、三日、それに七草と仕事で、ほとんどお正月らしい気分は味わえなかった。やはりオンとオフは必要で、特に年末年始は一年のけじめとして、ゆっくりした時間がほしいものである。

 短説の会のすだとしおさんからの年賀状に、「『短説』の復刊を考えています」とあった。休刊からもう八年半が経つ。東京座会は今も変わらずに行われているようだ。藤代日曜や関西はどうだろう? しかし、日曜日の開催では私は参加できないのだ。たまたま開催日に雨が降らない限り。
 雑誌の復刊は望むところである。僕としては、何か手を差し伸べるべきであろう。だが、短説の会の同人みながインターネントでのやり取りに対応できないと、今やお手上げなのだ。藤代日曜座会のネット版も立ち上げたはいいがすぐに頓挫したのは、この「みな」が対応できないからだ。
 一括メール送信のシステムである「メーリングリスト」の機能も、もうとっくの昔に大手プロバイダをはじめYahoo!もサービスを打ち切り、今ではすっかり衰退してしまった。代わって現在ではLINEが普及し、メーリングリストとほぼ同じような機能を有しているわけだが、LINEは基本的にはスマートホン向けのアプリケーションであり、短いとはいえ短説のようなまとまった文章をやり取りするのには向かない。
 私はスマホを持っていないので、LINEもパソコンでやり取りするという変則的な使い方をしているので、LINEでもかつての「メーリングリスト座会」をできると思うのだが、おそらくスマホではやりにくいであろう。なら、私と同じようにパソコンでやればいいのだが、そうした使い方ひとつ、一から説明しても、結局のところ使いこなせないんだろうと思う。
 メールや掲示板などでなら、私も短説の座会に参加できるのに……。

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2017年12月29日 (金)

平成29年の年の瀬に(その二)

 ここ何年もの間では珍しく、年内に年賀状を作成し、投函も済ませた。妻は引き続き部屋の大掃除。
 父の本をBOOK・OFFに売った。遺品だが、すべてを保管しておくわけにもいかない。今回で三回目。72冊で2550円になった。歳末大買取祭ということで、500円分のクーポン券も貰ったから、実質三千円ほどになったわけだ。
 小川和佑先生の『著書目録』を更新した。今まで長年手に入れることができないでいた『〝美しい村〟を求めて 新・軽井沢文学散歩』だ。昭和53年8月に読売新聞社から出た新書サイズの書き下ろし長編評論である。インターネットが普及し、古書もネットで簡単に検索、購入できるようになって本当にありがたい。図書館で読んではいたのだが、古書店では見つけることができないでいた。それを先月、「日本の古書店」というネット経由で手に入れることができた。しかも安く(新刊の新書と同じぐらいの値段)。しかも美品である。というより、スリップもそのままの新(古)品である。

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平成29年の年の瀬に

 父の一周忌の命日に、2015年1月14日以来約三年ぶりに短説を書いた。推敲してからアップしようと思っていたが、結局、第一稿のまま一字一句修正することなく、二日後の今日このブログに投稿した。
 年末年始はずっと仕事の予定で、今日(もう昨日だが)と明日(もう今日)だけ少し時間が取れる。やっと年賀状を買った。中学からの友人が局長を務める郵便局に行った。そのあと、お正月の御札を受け取りに氏子になっている神社に行った。古紙をまとめてイトーヨーカードーのリサイクル・ボックスに出し、銀行を二つ廻って来た。猫のトイレを掃除し、庭を掃いた。妻は家の中の掃除と、長年未整理の収納ボックスの書類を整理した。要するに、年末のあれやこれやをしたわけだ。
 夜は、ああでもないこうでもないと年賀状のデザインを検討し、一応の試作品を作った。印刷がまだ残っている。もう一つ短説が書きたい。小川和佑先生の著書目録もアップしたい。

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2017年12月26日 (火)

短説「父の死から一年」西山正義

  父の死から一年

            
西山 正義

 父が死んで満一年が経った。
 平成二十八年の十二月二十五日、家族でク
リスマス会をした。クリスチャンではないが
自宅でクリスマスらしい食材を用意して会食
した。もともと大学四年の息子が、翌春から
就職で地方に赴任することが決まっていたた
め、父母、私と妻に娘息子、それに私の妹の
西山家七名揃っての最後のクリスマス会のつ
もりでいたのだが、その会食からほんの数時
間後にまったく思いがけず父が急死したため、
文字通り最後の晩餐になったのだ。
 そして春に、息子だけでなく、娘も家を出
ることになった。二世帯住宅に七名で暮らし
ていたのが、急に四名になったのだ。そうし
て一年が暮れようとしている。
 一周忌の法要は、年の瀬になる前に、私の
仕事の休みに合わせて既に執り行った。命日
の今日は、母と妹、私と妻の四人で和食レス
トランのランチで済ませた。
 奇しくも今朝、父の部屋を根城にしていた
外猫が死んだ。サビちゃんと呼んでいた。も
う十五年近くいた猫だ。かつてわが家の周辺
を支配していた真っ黒のボス猫が連れてきた
雌猫である。ほとんど飼い猫のようにわが家
から離れなかったが、野良の習性は改まらず
人に慣れることはなかった。二日前、長年い
て初めて撫でさせてもらった。もう衰弱して
いたからだが、明らかに人間に向かって大き
な声で何度も啼いた。妹が二階の部屋で飼っ
ていた片目が不自由なキジトラの雄猫も、先
月十六歳で亡くなった。
 父のパソコンのファイルは、生前から私が
おおむね管理していて、ゴミ箱に入っている
ファイルは削除してもいいものでることを確
認してはいたが、今まで消すことはできなか
った。しかし今日、ゴミ箱を空にした。

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2016年4月30日 (土)

小川和佑先生のお宅の桜「関山」

小川和佑先生のお宅の桜「関山」

 昨日、『小川和佑先生を偲ぶ会』が滞りなく終了し、ほっとしています。
 さすがに疲れました。いや本当に、今日はもうぐったりしています。
 お蔭様で、よい会になったと思います。肩の荷が下りました。

 偲ぶ会に、奥様が自宅の桜「関山」を持ってきてくださいました。小川先生が愛した桜です。二階のベランダから伐ったものだそうです。
 みんなで分けたので、元はもっと束になっていたものです。いい薫りがします。

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2016年4月 9日 (土)

明大ドーム

明大ドーム
明治大学リバティータワー最上階のドーム内側より

 昨日、『小川和佑先生を偲ぶ会』のご案内をメールで再送しました。ホームページにもアップしました。昨日は、実は私の53歳の誕生日で、「西向の山」のホームページも開設から14年目を迎えることになりました。
 本日は、その『小川和佑先生を偲ぶ会』の会場との打ち合わせに現地に行きました。紫紺館での打ち合わせを終えた後、向かい側のリバティタワーへ。最上階を見物。
 そのあとは例によって、“ラドリオ”でランチしながら打ち合わせ。長年ラドリオに通っていますが、土曜日のお昼時に入るのは初めてかも。結構混んでいました。久しぶりにラドリオのウインナーコーヒーを飲んできました。

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2016年3月 1日 (火)

@niftyの@homepage終了につきLaCoocanに移転

 とうとうお前もかという感じで、@niftyの接続会員向けホームページサービス「@homepage」が2016年9月29日(木)15時をもってサービスの提供を終了することになった。迂闊にもそれを知ったのは、2月22日に来たメールであったが、すでに1月13日に告知されていたようだ。しかし、老舗のプロバイダである@niftyの伝統ある「@homepage」が終了するというには、あまりにも簡単な告知である。
 結局、インターネットなどどいう新しい技術はそういうことなのだ。進歩は早いが廃れるのも早いというわけだ。いや、ネットに限らず、テクノロジーというものはそういうものなのだ。メーカーやサービス提供者に文句を言っても仕方がない。最初から利用規約に謳われているし……。が、やはり腑に落ちない。

 で、どうなるか。すでに提供されている有料の「@niftyホームページサービス(LaCoocan)」に一本化される。つまり無料(といってもプロバイダ料金は払っている)ではなく、有料になる。と思ったが、さすがにそれは出来なかったようだ。@nifty側としては本当はすべて有料にしたかったのだろう。しかし、そんなことをしたら(大袈裟に言うと)暴動が起きる。少なくとも“炎上”するだろう。
 そこで、新たに「ミニ」という特別なプランを設置し、従来の「@homepage」ユーザーは移転の手続きをとれば、そのまま無料で利用できることにした。
 私としてはそれでひとまず胸を撫で下ろしたわけだが、ホームページ(サイト)ではある意味一番重要な所在地を示すURLが変更になるのは痛い。それで幾多の(本当に幾多の貴重な)ウェブページが消滅したりリンク切れになったことか。

 ホームページは“更新”が命みたいな捉えられ方があるが、内容や性質によってはもうこれで“完成”というようなページもあり、あとはアーカイブとして“いつでも”“いつまでも”参照・閲覧できるようにしてもらいたいものもある。いちいち個人のコンピューター内に保存していられないから、インターネットなどという便利なものがあるのではないか。「参考文献」としてリンクを貼っても、ページそのものが消滅しなくても、すぐにURLが変わったりしたら話にならないのである。
(一方で、誹謗中傷とか、プライバシーや人権侵害など、削除されるべきものや、“忘れられる権利”というのも問題になってきてはいるが、それはまた別の問題である。また、これは今後もっと考えられなければいけない問題なのだが、製作者が死亡した場合どうなるのか。削除したくても出来ないような事態が発生することもあるのか。有料のプランなら支払いが滞れば削除されるだろうが、無料のものは? 遺族が残したいと思えば問題ないが、そうでない場合、パスワードが分からなかったら……。というようなことも、差し当たり別の問題として)

 今回終了になる「@homepage」が始まったのは1999年であるが、パソコン(ワープロ)通信時代からの老舗プロバイダである@niftyのホームページサービスは、それ以前の、ニフティサーブや富士通のinfowebからの移行ユーザーを含めると、個人でホームページが持てるようになった黎明期からのページが存在するのだ。つまり結構コアなページがあるということだ。
 なかにはもうしばらく更新されていないページもあるだろう。いや、多数あるだろう。@niftyとしては、それらを淘汰したいのだろう。@homepageからLaCoocanへの移行は、ホームページを作れるような人なら実に簡単にできるのだが、しばらく更新していない人は、今回終了するということすら知らないままかもしれないし、知っていても面倒で更新(移行)しないかもしれない。それで消滅してもいいようなページなら、それはそれでいいのだが、今言ったように「更新する必要のないページ」というものもあるのだ。それらが消えていくことになるのは、実に勿体ないと思う。
 しかし、そもそもインターネットなどという仕組みそのものも、永続的なものなのかどうかも分からないのだから、仕方がないとしか言いようがないのだが……。

 さて、それはそうと、@niftyで接続契約をしていれば、引き続き無料(プロバイダ料金のみで、ページに広告が入ることなく)利用できるというのだから、移行しない手はない。
 そこで一番の問題になるのが、アカウント名をどうするかということ。そのまま移行するか変更するか。@homepageは選べなかったが、LaCoocanではドメイン名も36種類の中から選べる。ただし、ショート・バージョンはなんでこんな名前にしたかというようなつまらないものしかないが。
 一週間悩んだ末、長年使用してきた「masayoko」を変えることにした。サイトの名前に由来した、@niftytのユーザー名にもしている「nishimukou」に変更することにした。
 この「西向の山」の英字表記も、「nishimukou」にするのか、「nishi-mukou」とハイフォンを入れるか、あるいは「nisimuko」とURLとして簡潔にするか悩んだが、すでに@niftytのユーザー名にしている表記に統一した。
 文藝サイトとして「芸術」の表記を入れる「masayoko.art.coocan」というのも捨て難かったのだが、サブ・ドメイン名の「my」を英語の所有格の「マイ」ではなく、「masa&yoko」のイニシャル「エム・ワイ」と見立てることにして、自分を納得させた。たぶん第三者にはどうでもいいことだろうが。

 それともう一つ。「西向の山」という創作を中心とした文藝関係のサイトに、実は全然関係ないほかの趣味のCGIプログラムを組み込んでいて、それは私が所属するソフトボールチームのスコアブックをウェブ上で管理しているものなのだが、それをチーム内で公開しているためURLがバレバレなのだ。別に「西向の山」のことを秘密にしているわけではないので問題はないのだが、URL的に「art」とつくより、漠然とした「my」の方がいいかなと。
 そして、移行で問題になるのは、その肝心のCGIプログラムがちゃんと動いて、従来通り使えるのかということ。本当は、ソフトボールチームのホームページで使っているサーバーでCGIが使えれば、そちらにアップすればいい問題なのだが、無料のサーバーではCGIが使えないか制限が多かったり、私の知識や技術も足りず……。

 で、いつ移転するか。日にちにこだわるか。とも思ったが、万が一希望のURLが取れないと馬鹿みたいなので、善は急げとばかりに、2月28日(日)の0時45分に移行の登録を申請し、無事受理された。サイトのデータ移行も、チェックを入れただけで何の苦も無くできた。
 ただし、先に書いたCGIはちょっとした細工が必要で、そのやり方が最初はわからずに焦ったが、結果的にはアクセス権の変更のみでうまくいった。ホームページのデータは簡単に移植できることが分かっていたからいいのだが、このCGIプログラムのデータは相当な労力を費やして入力しているものなので、使えなかったら本当に涙ものなのだ。

 結果、現時点で、わがサイト、短説と小説「西向の山」は、
@niftyの@homepage版:
http://homepage3.nifty.com/masayoko/
同じく@niftyのLaCoocan版:
http://nishimukou.my.coocan.jp/
さらに、Yahoo!Japanのgeocities版(こちらには広告が付く):
http://www.geocities.jp/nishimukohnoyama/の三つが存在することになる。
 こんなあってもなくてもいいような個人のサイトで阿保みたいなことだが、@homepage版は今年の9月29日15時で消滅する。その前に、LaCoocan版への移転通知ページに変更することになるが、それも最長で2018年3月29日(木)15時で終了する。
 これからサイト内でリンクの修正をしなければならない。あーあ、こういうことが一番面倒なのだ。

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2015年11月15日 (日)

小川和佑先生蔵書探索

宇都宮駅

小川和佑先生の蔵書整理&調査
その第1回目(五十嵐正人さん、湯澤利明さん、娘の摩耶と)

 1回目の今日は、以前は応接間であった1階の玄関入ってすぐの書庫の、窓際半分を整理するのがやっと。本棚の方はまったく手が付けられず。
 それでも、小川先生ご自身の著書の棚は、ほぼ発行年代順に並べ替えることができた。把握していた本で発見できなかったのは、詩集を除くと、最初の私家版評論集『詩人の魂』と『近代日本の宗教と文学者』の2冊のみなので、最低限の収穫はあった。
(前者は次男の小川靖彦氏が所蔵、後者は五十嵐・西山ともに所蔵)
 自著については、無造作に置かれていたわけではなく、ほぼすべて把握したうえで、一つの棚に収納していたということがわかったのは大いなる収穫であった。

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2015年9月21日 (月)

恩師の一周忌に

 昨日、恩師・小川和佑先生の一周忌の法要に参列してきた。その模様は「小川ゼミ通信」で伝えようと思うので、今は詳しく述べない。
 一年、ついに何も出来ずにきてしまった。最低限、「著書目録」だけでもまとめようと思っていたが、それも出来ずにいた。
 今日はさすがに疲れたので、五十嵐正人さんが発掘してくれた先生の若き日の「作品」をゆっくり読んで過ごそうと思う。
 僕ももう残りの人生そう長いわけではない。しかし、僕が先生に出会った頃の先生の年齢(それは今の僕ぐらいなのだ!)からその後の先生の仕事量を考えれば、まだまだ出来ないこともないと思い直した。
 一昨日、一周忌の前日には、小川和佑先生が明治大学文学部を定年退職したあと、同大リバティ―アカデミーの公開大学で担当した初期(2000年と2001年前期・後期)の講座の講義内容をホームページにアップした。これで全講座内容が網羅されたことになる。
 その前の日には、昭和女子大時代の教え子から送られてきて、先生の奥様からお預かりしていた昭和53年の講演録のカセットテープの音源をデジタル化して複製保存に成功した。(これがまた凄まじく貴重で大変な代物だったのだが、それはまたのお話)。
 明日からまた仕事だ。一日、何か一つでもいいから、記録に残ることをやろうと思う。

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2015年9月 8日 (火)

と言いつつ、はや一週間。

 ソフトボールの市民大会、壮年チームは1回戦で、ありえないような自滅でまさかの大逆転負けを喫しました。いやー、その責任の多くは私にあり、いささか凹んでおります。
 Bチームは早くも今シーズンの公式戦が終わり……、来年の春まで長いですなあ。

 ホームページの方は、9月3日と5日にリンク集を更新。リンク切れをチェックし、修正しました。
 個人によるホームページ(ウェブサイト)の黎明期には、リンク集というものが付きもので、それを頼りに“ネットサーフィン”(死語?)するのが楽しみになっていて、従って作る側でも、リンク集という本題とは直接関係のないコンテンツにも割かし力を注いでたものである。
 今ではあまり顧みられなくなってしまったが、リンク集はそのサイトの見識や趣味・志向を反映していて、僕なんかは面白いと思っている。しかし、10年も経つと、いつの間にか消えているサイトも多く、なんだかなあという思いに駆られる。
 古いリンク集を今も公開し続ける意味はないのかもしれないが、一種のアーカイブを残しておく。

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