日記・コラム・つぶやき

2016年4月30日 (土)

小川和佑先生のお宅の桜「関山」

小川和佑先生のお宅の桜「関山」

 昨日、『小川和佑先生を偲ぶ会』が滞りなく終了し、ほっとしています。
 さすがに疲れました。いや本当に、今日はもうぐったりしています。
 お蔭様で、よい会になったと思います。肩の荷が下りました。

 偲ぶ会に、奥様が自宅の桜「関山」を持ってきてくださいました。小川先生が愛した桜です。二階のベランダから伐ったものだそうです。
 みんなで分けたので、元はもっと束になっていたものです。いい薫りがします。

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2016年4月 9日 (土)

明大ドーム

明大ドーム
明治大学リバティータワー最上階のドーム内側より

 昨日、『小川和佑先生を偲ぶ会』のご案内をメールで再送しました。ホームページにもアップしました。昨日は、実は私の53歳の誕生日で、「西向の山」のホームページも開設から14年目を迎えることになりました。
 本日は、その『小川和佑先生を偲ぶ会』の会場との打ち合わせに現地に行きました。紫紺館での打ち合わせを終えた後、向かい側のリバティタワーへ。最上階を見物。
 そのあとは例によって、“ラドリオ”でランチしながら打ち合わせ。長年ラドリオに通っていますが、土曜日のお昼時に入るのは初めてかも。結構混んでいました。久しぶりにラドリオのウインナーコーヒーを飲んできました。

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2016年3月 1日 (火)

@niftyの@homepage終了につきLaCoocanに移転

 とうとうお前もかという感じで、@niftyの接続会員向けホームページサービス「@homepage」が2016年9月29日(木)15時をもってサービスの提供を終了することになった。迂闊にもそれを知ったのは、2月22日に来たメールであったが、すでに1月13日に告知されていたようだ。しかし、老舗のプロバイダである@niftyの伝統ある「@homepage」が終了するというには、あまりにも簡単な告知である。
 結局、インターネットなどどいう新しい技術はそういうことなのだ。進歩は早いが廃れるのも早いというわけだ。いや、ネットに限らず、テクノロジーというものはそういうものなのだ。メーカーやサービス提供者に文句を言っても仕方がない。最初から利用規約に謳われているし……。が、やはり腑に落ちない。

 で、どうなるか。すでに提供されている有料の「@niftyホームページサービス(LaCoocan)」に一本化される。つまり無料(といってもプロバイダ料金は払っている)ではなく、有料になる。と思ったが、さすがにそれは出来なかったようだ。@nifty側としては本当はすべて有料にしたかったのだろう。しかし、そんなことをしたら(大袈裟に言うと)暴動が起きる。少なくとも“炎上”するだろう。
 そこで、新たに「ミニ」という特別なプランを設置し、従来の「@homepage」ユーザーは移転の手続きをとれば、そのまま無料で利用できることにした。
 私としてはそれでひとまず胸を撫で下ろしたわけだが、ホームページ(サイト)ではある意味一番重要な所在地を示すURLが変更になるのは痛い。それで幾多の(本当に幾多の貴重な)ウェブページが消滅したりリンク切れになったことか。

 ホームページは“更新”が命みたいな捉えられ方があるが、内容や性質によってはもうこれで“完成”というようなページもあり、あとはアーカイブとして“いつでも”“いつまでも”参照・閲覧できるようにしてもらいたいものもある。いちいち個人のコンピューター内に保存していられないから、インターネットなどという便利なものがあるのではないか。「参考文献」としてリンクを貼っても、ページそのものが消滅しなくても、すぐにURLが変わったりしたら話にならないのである。
(一方で、誹謗中傷とか、プライバシーや人権侵害など、削除されるべきものや、“忘れられる権利”というのも問題になってきてはいるが、それはまた別の問題である。また、これは今後もっと考えられなければいけない問題なのだが、製作者が死亡した場合どうなるのか。削除したくても出来ないような事態が発生することもあるのか。有料のプランなら支払いが滞れば削除されるだろうが、無料のものは? 遺族が残したいと思えば問題ないが、そうでない場合、パスワードが分からなかったら……。というようなことも、差し当たり別の問題として)

 今回終了になる「@homepage」が始まったのは1999年であるが、パソコン(ワープロ)通信時代からの老舗プロバイダである@niftyのホームページサービスは、それ以前の、ニフティサーブや富士通のinfowebからの移行ユーザーを含めると、個人でホームページが持てるようになった黎明期からのページが存在するのだ。つまり結構コアなページがあるということだ。
 なかにはもうしばらく更新されていないページもあるだろう。いや、多数あるだろう。@niftyとしては、それらを淘汰したいのだろう。@homepageからLaCoocanへの移行は、ホームページを作れるような人なら実に簡単にできるのだが、しばらく更新していない人は、今回終了するということすら知らないままかもしれないし、知っていても面倒で更新(移行)しないかもしれない。それで消滅してもいいようなページなら、それはそれでいいのだが、今言ったように「更新する必要のないページ」というものもあるのだ。それらが消えていくことになるのは、実に勿体ないと思う。
 しかし、そもそもインターネットなどという仕組みそのものも、永続的なものなのかどうかも分からないのだから、仕方がないとしか言いようがないのだが……。

 さて、それはそうと、@niftyで接続契約をしていれば、引き続き無料(プロバイダ料金のみで、ページに広告が入ることなく)利用できるというのだから、移行しない手はない。
 そこで一番の問題になるのが、アカウント名をどうするかということ。そのまま移行するか変更するか。@homepageは選べなかったが、LaCoocanではドメイン名も36種類の中から選べる。ただし、ショート・バージョンはなんでこんな名前にしたかというようなつまらないものしかないが。
 一週間悩んだ末、長年使用してきた「masayoko」を変えることにした。サイトの名前に由来した、@niftytのユーザー名にもしている「nishimukou」に変更することにした。
 この「西向の山」の英字表記も、「nishimukou」にするのか、「nishi-mukou」とハイフォンを入れるか、あるいは「nisimuko」とURLとして簡潔にするか悩んだが、すでに@niftytのユーザー名にしている表記に統一した。
 文藝サイトとして「芸術」の表記を入れる「masayoko.art.coocan」というのも捨て難かったのだが、サブ・ドメイン名の「my」を英語の所有格の「マイ」ではなく、「masa&yoko」のイニシャル「エム・ワイ」と見立てることにして、自分を納得させた。たぶん第三者にはどうでもいいことだろうが。

 それともう一つ。「西向の山」という創作を中心とした文藝関係のサイトに、実は全然関係ないほかの趣味のCGIプログラムを組み込んでいて、それは私が所属するソフトボールチームのスコアブックをウェブ上で管理しているものなのだが、それをチーム内で公開しているためURLがバレバレなのだ。別に「西向の山」のことを秘密にしているわけではないので問題はないのだが、URL的に「art」とつくより、漠然とした「my」の方がいいかなと。
 そして、移行で問題になるのは、その肝心のCGIプログラムがちゃんと動いて、従来通り使えるのかということ。本当は、ソフトボールチームのホームページで使っているサーバーでCGIが使えれば、そちらにアップすればいい問題なのだが、無料のサーバーではCGIが使えないか制限が多かったり、私の知識や技術も足りず……。

 で、いつ移転するか。日にちにこだわるか。とも思ったが、万が一希望のURLが取れないと馬鹿みたいなので、善は急げとばかりに、2月28日(日)の0時45分に移行の登録を申請し、無事受理された。サイトのデータ移行も、チェックを入れただけで何の苦も無くできた。
 ただし、先に書いたCGIはちょっとした細工が必要で、そのやり方が最初はわからずに焦ったが、結果的にはアクセス権の変更のみでうまくいった。ホームページのデータは簡単に移植できることが分かっていたからいいのだが、このCGIプログラムのデータは相当な労力を費やして入力しているものなので、使えなかったら本当に涙ものなのだ。

 結果、現時点で、わがサイト、短説と小説「西向の山」は、
@niftyの@homepage版:
http://homepage3.nifty.com/masayoko/
同じく@niftyのLaCoocan版:
http://nishimukou.my.coocan.jp/
さらに、Yahoo!Japanのgeocities版(こちらには広告が付く):
http://www.geocities.jp/nishimukohnoyama/の三つが存在することになる。
 こんなあってもなくてもいいような個人のサイトで阿保みたいなことだが、@homepage版は今年の9月29日15時で消滅する。その前に、LaCoocan版への移転通知ページに変更することになるが、それも最長で2018年3月29日(木)15時で終了する。
 これからサイト内でリンクの修正をしなければならない。あーあ、こういうことが一番面倒なのだ。

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2015年11月15日 (日)

小川和佑先生蔵書探索

宇都宮駅

小川和佑先生の蔵書整理&調査
その第1回目(五十嵐正人さん、湯澤利明さん、娘の摩耶と)

 1回目の今日は、以前は応接間であった1階の玄関入ってすぐの書庫の、窓際半分を整理するのがやっと。本棚の方はまったく手が付けられず。
 それでも、小川先生ご自身の著書の棚は、ほぼ発行年代順に並べ替えることができた。把握していた本で発見できなかったのは、詩集を除くと、最初の私家版評論集『詩人の魂』と『近代日本の宗教と文学者』の2冊のみなので、最低限の収穫はあった。
(前者は次男の小川靖彦氏が所蔵、後者は五十嵐・西山ともに所蔵)
 自著については、無造作に置かれていたわけではなく、ほぼすべて把握したうえで、一つの棚に収納していたということがわかったのは大いなる収穫であった。

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2015年9月21日 (月)

恩師の一周忌に

 昨日、恩師・小川和佑先生の一周忌の法要に参列してきた。その模様は「小川ゼミ通信」で伝えようと思うので、今は詳しく述べない。
 一年、ついに何も出来ずにきてしまった。最低限、「著書目録」だけでもまとめようと思っていたが、それも出来ずにいた。
 今日はさすがに疲れたので、五十嵐正人さんが発掘してくれた先生の若き日の「作品」をゆっくり読んで過ごそうと思う。
 僕ももう残りの人生そう長いわけではない。しかし、僕が先生に出会った頃の先生の年齢(それは今の僕ぐらいなのだ!)からその後の先生の仕事量を考えれば、まだまだ出来ないこともないと思い直した。
 一昨日、一周忌の前日には、小川和佑先生が明治大学文学部を定年退職したあと、同大リバティ―アカデミーの公開大学で担当した初期(2000年と2001年前期・後期)の講座の講義内容をホームページにアップした。これで全講座内容が網羅されたことになる。
 その前の日には、昭和女子大時代の教え子から送られてきて、先生の奥様からお預かりしていた昭和53年の講演録のカセットテープの音源をデジタル化して複製保存に成功した。(これがまた凄まじく貴重で大変な代物だったのだが、それはまたのお話)。
 明日からまた仕事だ。一日、何か一つでもいいから、記録に残ることをやろうと思う。

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2015年9月 8日 (火)

と言いつつ、はや一週間。

 ソフトボールの市民大会、壮年チームは1回戦で、ありえないような自滅でまさかの大逆転負けを喫しました。いやー、その責任の多くは私にあり、いささか凹んでおります。
 Bチームは早くも今シーズンの公式戦が終わり……、来年の春まで長いですなあ。

 ホームページの方は、9月3日と5日にリンク集を更新。リンク切れをチェックし、修正しました。
 個人によるホームページ(ウェブサイト)の黎明期には、リンク集というものが付きもので、それを頼りに“ネットサーフィン”(死語?)するのが楽しみになっていて、従って作る側でも、リンク集という本題とは直接関係のないコンテンツにも割かし力を注いでたものである。
 今ではあまり顧みられなくなってしまったが、リンク集はそのサイトの見識や趣味・志向を反映していて、僕なんかは面白いと思っている。しかし、10年も経つと、いつの間にか消えているサイトも多く、なんだかなあという思いに駆られる。
 古いリンク集を今も公開し続ける意味はないのかもしれないが、一種のアーカイブを残しておく。

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2015年9月 1日 (火)

ぼちぼち、また再開させますかな。

 今日は9月1日という切りのいい日だったので、短説を〈縦書き文庫〉に投稿しました。やっと10年前の作品に追いつきました。併せて、ホームページも更新。上記へのリンクを追加しただけですが。

 8月最後の土日は、ソフトボールの関東大会で、常陸太田市に泊まりがけで行ってきました。
 都大会に続いて、またしても準優勝!(それでも“快挙”なんですがね)
 チーム編成やホームページの運営など、いろいろありまして、まあなんだかんだとメールのやり取りしたりと……。
 今週末からは、市民大会が開幕。今やソフトボールだけが楽しみになっていますね。

 でも今日はやはり、関東大震災のことを思いましょう。

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2015年2月 1日 (日)

耐寒マラソン大会

耐寒マラソン大会
第23回調布市青少年健全育成四地区合同耐寒マラソン大会
多摩川左岸の緑地公園にて
役員集合し、只今準備中
(手伝うようになって、もう15年目)

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2014年12月24日 (水)

ホームページ更新

 人様のブログやWEB日記は、しばらく更新されていないと寂しく思ったり、何かあったのかと心配したりしますが、顧みれば、この自分のブログも、もし定期の読者というものが奇特にもいるとすれば、何かやきもきするような状態に時々陥りますね。
 いろいろ書きたいことはあるのですが、なかなか書けないでいます。

 本日、ホームページ「西向の山」を更新しました。といっても、新規のページはなく、先月から本日まで三回にわたって〈縦書き文庫〉に投稿した短説へのリンクを付け加えただけですが……。
 それでも、今回新たにアップした5作は、いづれも雑誌等に未掲載の作品で、もちろんウェブ上にも初公開となります。
 正直言って、どれもできのいい作品ではないのですが、自分としてはちょっと実験したつもりで、しかしその実験はうまくいってはいないのですが、ちょうど10年前の2003年から2005年にかけて自分の内面にかかえていた煩悶が反映されていて、自分では何か捨て置けないのでした。
 

 一昨日(11/22)は冬至でしたが、今年は冬至と新月が重なる「朔旦冬至」というそうで、19年に一度しか訪れないおめでたい特別な日とのことです。それを冬至の前日に教えてくれたのが「コロンブドールさんのブログ」でした。
 私の生まれ故郷の馬場下町の穴八幡様では、この日冬至祭が行われていました。12月22日の柚子湯と5月5日の菖蒲湯の日には、本当は銭湯に行くのがいいんですよね。

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2014年11月12日 (水)

娘の誕生日に

 今日は娘の誕生日なので、小学校時代の娘とのエピソードをテーマにした短説「娘の父」を 〈縦書き文庫〉に投稿しました。
 ついでに、というか順番的に不穏な流れになってしまいましたが、同じく女の子をモチーフにしてはいても女児誘拐の話である「月」も投稿。

 その前に、「小川和佑先生著書目録」に講談社文庫の『立原道造の世界』をアップしました。

 小川和佑先生の最初期の評論『日本象徴詩論序説』の最初の一篇「その本質と展開について」を読みました。初出は、昭和36年7月「国語」創刊号。相当に意欲的・野心的な批評で、挑戦的でさえありますね。

 昨日、「マダム葉っぱのおばさんぽ」に連載中の「太宰治をめぐる旅(津軽編)」が全13回で完結しました。併せてご覧いただければ幸いです。

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