日記・コラム・つぶやき

2020年9月20日 (日)

小川和佑先生七回忌のご命日に

 本日は、明大文学部のわが恩師で、文芸評論家・小川和佑先生の七回忌のご命日です。と同時に、個人的に「創作記念日」と称している日です。
 今年はコロナでお墓参りにも行けませんので、きょうの命日に向けて、前の記事の通り、小川和佑ゼミナールOB会誌として『小川のせせらぎ』と題する冊子の第2号を編集・制作し、OB,OGなどに配付しました。
 すかさずさまざまな反響があり、メールや手紙、ハガキ、ブログのコメント欄などでやり取りをしました。先週の金曜日(9/11)の午前中に新宿のコピー屋で印刷・製本し、家に飛んで帰り、すぐに封入し、金曜日の夕方便で発送しました。早いところでは翌日の土曜日に着いたようで、以後、この一週間、ずっとみなさんから送られて来た反響に応えていた日々が続いていました。
 個別にはさまざまな内容が含まれているので、ここでは繰り返しませんが、それが何よりも楽しかったです。小川先生、みなさん、ありがとうございます。
 きょうからまた普段の日常が始まります。その前に連休ですが、地元のソフトボールの秋季大会、きょうが初戦です。何かホームランでもかっ飛ばせそうな気分です。
 繰り返しますが、小川先生の法要は、教え子のみならず、親戚や東京に住んでいる親族も集めずに、奥様お一人で執り行うということです。もちろんコロナのせいです。
 宇都宮に向かって合掌いたします。

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2020年8月25日 (火)

わが家の老猫二匹(ともに19歳)が同じ日の朝と夕方に永眠しました

 令和2年8月13日(木)の午後5時16分、わが家に平成13年(2001)10月から住んでいるキジトラの雌猫の“ひかり”ちゃんが、静かに息を引き取りました。
 人間でいえば92歳ぐらいで、病気一つしたことがありませんでした。老衰です。天寿を全うしたといえるでしょう。

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 そのことを、10日以上経って、ようやく昨夜からウェブページに写真とともに書く気になり、朝の5時までかかってページを作成し、「わが家の猫/ひかり(8)〈2020年8月13日永眠・満19歳〉」としてアップロードしました。ですので、ブログでは繰り返しません。
 奇遇なのは、翌2002年の夏頃からわが家の庭に現われたはじめた“フサ”ちゃんも、この時すでに1歳くらいでしたから、“ひかり”と同い年の19歳になるのですが、前日の8/12に危篤になり、8月13日の朝7時頃に亡くなったのです。

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 わが家では伝説になった屈強な外猫の“黒ボス”の妻だか愛人であった“フサ”は、本当はもしかしたら結構由緒あるかもしれない長毛の洋猫です。半外猫にもかかわらず、こちらも病気知らずでした。
 私は今、糖尿病を患っていますが、猫も人間もやっぱり健康が第一だということですね。

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ひかりとフサ(亡くなる約三週間前の二匹)

 “フサ”の孫の“モコ”ちゃんは、時々わが家に来なくなったりする外猫ですが、この5月の連休頃からもう長いこと顔を見せていません。
 そして、昨年の台風19号で被災したらしく、台風の後にうちの庭に棲みつくようになった“茶白”ちゃんも、7月に入って急に姿を見せなくなりました。もともとケガをしていて、しかしまったく懐かないので病院にも連れて行けないので、梅雨と暑さの中、もうどこかで行倒れているかもしれません。
 そんなわけで、21世紀になったこの20年間に入れ替わりはありますが、一番多かったときには13匹いた猫が、みんないなくなってしまいました。(二階の妹の部屋には茶トラと黒白の2匹がいますが、その二匹のみになってしまいました)

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ひかりちゃんのお墓

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フサちゃんのお墓

 ひかりちゃん、そしてフサちゃん、茶白も、
西向の山の猫みんな、どうか安らかにお眠りください。
     ―合掌―

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2020年7月23日 (木)

糖尿病宣告とわが家の老描

 ついに糖尿病と宣告されてしまった。猫の話ではない、私自身がである。以前より(およそ十年前ぐらいから)、血糖値が高いと指摘され、糖尿病予備軍と言われてきたが、あくまでも「予備軍」であった。血糖値は高めだが、ヘモグロビンA1cの値はなんとか6点台を保っていた。
 8年前2012年6月春の健康診断では、5.8であった。2013年5月は6.0、2014年6月は5.9、2015年5月は6.1、2016年5月に6.4と正常の基準値を少し越える。

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 2017年5月も6.6だったが、2018年5月に7.2となり、会社の健康診断で初めて再検査となった。二ヶ月後の再検査で6.7。しかし、10月の検査では7.0、2019年1月の再検査で7.1。同年(つまり去年)5月の検査で6.6に下がった。
 二回連続で再検査となったので、さすがに青くなって対策を打つことにした。食事療法と運動であるが、ご飯に糖質カットの「マンナンヒカリ」を混ぜ、缶コーヒーを控えることにした。運動は、スクワットとウォーキング。

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 しかし、今年2月末頃からの新型コロナ騒ぎで、やはり運動不足になっていた。そして、缶コーヒーを一日一本飲んでいた。飲まない日もあったが、逆に二本飲んでしまう日もあった。家にいるときは、レギュラー・コーヒーを四、五杯飲む。それも、シュガーカットにしてはいるが人工甘味料を入れ、糖質のある牛乳も入れる。コロナでトータルひと月間休業だったときは、もっと量が増えていたかもしれない。
 去年、ヘモグロビンA1cの数値が下がったので油断していたわけだ。そして、この7月はじめの健康診断で、ついにヘモグロビンA1cが9.1になってしまった。

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 それが判明したのが7/21で、もう病院に行くレベルであると、きのう朝会社で説明を受け、その足で病院を予約し、午後、糖尿病の専門医に行った。そして血液検査したら、なんと10.3!
 昼食を普通に食べて、約3時間半後の検査で、血糖値が310と異様に高く、もうこれは完全に糖尿病であると診断されてしまった。
 きょうは眼科に行って、眼底検査である。会社の検診でも眼底検査をやり、異常はなかったのであるが、それから一年たっている。眼底検査の結果で、治療方法や薬も異なってくるらしい。

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 さて、わが家の老描ひかりちゃんは、日に日に痩せ細っていきながらも、きょうも何とか生きている。少しでも長く生きてほしい。
 写真は上から、6/23、6/26、7/15、7/22
 4月中旬にほとんど危篤状態に陥ったことを考えれば、よくここまで生きていてくれるものだと思う。猫の時間は人間の四倍ほど早く進むという。巻き戻しは出来ないけど(それは人間も一緒だ)、少しでもゆっくりと進め!

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2020年6月28日 (日)

やっとなのに、雨の日曜日

 やっとできることになったソフトボールの大会が、初日から前で中止。予報通りでしたね。夜中の三時ころから降り出し、文句なし、完璧な雨。これではどうしようもない。気を持たせる天候よりは、はっきりしていた方がよいが。

 晴耕雨読といきましょう。

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 わが家の老猫は、しょぼしょぼと、しかしけなげに生きております。画像はまた今度に。きょうは花を。

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2020年6月 2日 (火)

『特別定額給付金のお知らせ』

やっと来ました。

東京都調布市在住です。

同じ敷地に住む、母と妹のところでは、

世帯主の記載に間違えがありました。

「対象となる方」には、

《基準日(令和2年4月27日)において、調布市の住民基本台帳に記録されている方》

となっていますが、では、そもそもそちらが間違えているわけで、どうなってるの?

父が死んで、相続の時に、世帯主を妹にしているのに、

その手続きは、もう三年前に終えている。

ちなみに、仄聞するところによると、

おとなりの狛江市は一週間ほど前に来たそうです。

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2020年5月31日 (日)

『信濃追分文学散歩』完成

 コロナで休業も今日で最後。外出自粛、最高に楽しかったのに……。憂鬱です。
 きのうは、おとといの夜に「信濃追分文学散歩」を完成させたので、だらだらしてしまいました。完全に運動不足です。昼間もうたた寝をし、夜の9時前には寝てしまいました。そうなるとさすがに夜中に目が覚め、いったん起きようかと思いましたが、もう一度寝て、やっと寝付いたかと思ったら、今度は猫に起こされました。
 最近は無言で枕元に坐って、顔に体や顔を押し当ててきます。それも触るか触らない程度に。そうされると、毛やヒゲでくすぐったくてしようがありません。それをわかっているようです。意図的としか思えません。それで4時半に起きざるを得なくなりました。

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 わがホームページ『西向の山』の「文学散歩」と「小川和佑ゼミの部屋」の共通ページである『軽井沢文学散歩』の《信濃追分編》が完成しました。
 その編集後記をまずは転載します。

〔平成30年/令和2年版の編集後記〕
 明大の恩師・小川和佑先生と歩く軽井沢文学散歩のページを作り始めたのは、平成15年(2003)12月17日でした。それから15年後に旅したこの〈信濃追分編〉を追加し、元の〈軽井沢編〉も大幅に増補しました。本日は令和2年(2020)5月29日です。この18ページを作るのに、実に16年半もの年月をかけてしまいました。
 令和2年、西暦2020年は、世界史(というか人類史上)に残る事件がありました。いや、まだ現在進行中です。ちょっと前までは存在すらしていなかった新型コロナウイルス(COVID-19)とやらが、全世界中にパンデミック(世界的な感染拡大)し、第二次世界大戦にも匹敵するような大変なことになっています。私も、4月16日~30日、5月16日~31日まで、二度の休業を余儀なくされました。大幅減収です。しかし、不謹慎かもしれませんが、この長い長い「外出自粛」は、私には恵みでした。お陰で、猫のページと信濃追分文学散歩を完成させることができました。
 作り始めてから16年半、この間の最大の出来事は、小川和佑先生がお亡くなりになったことです。もう一度、先生と一緒に軽井沢を歩きたいです。
「いや、もう、君たちだけで行きなさいな」
 と、言われてしまいそうですが……。
     (令和2年5月29日・西山正義)

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 小川和佑先生と最後に軽井沢を歩いたのは、平成15年の10月17日。この時季の軽井沢は初めてでした。快晴でした。自家用車で行ったのですが、二代前のイプサムでした。この時も現地にいたのは午前10時から午後4時半頃までの6時間ちょっと。
 それから15年後の4月、信濃追分にいたのも午前10時から午後5時までの7時間。合わせて13時間半。それを18ページのホームページにしました。完成するのに16年半。最後は、コロナのお陰で完成できたといっても過言ではありません。
 それがきょう一日で最後です。いつまでも「外出自粛」では、生活が破綻しますが、本音を言えば、引きこもっていたいです。
 きょうは日曜日。奇跡的ともいえる10週連続で日曜日が休みになったのに、ソフトボールがすべて中止でした。こんなに長く休んだ(できなかった)ことは一度もありません。来週からようやく再開。東京は第二波が懸念されますが、さすがにいい加減に運動したいです。

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2020年5月17日 (日)

コロナで休業、僕には猫の介護

 前回の投稿(4月5日)からちょうど六週間が経った。この間は、言うまでもなく新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大による「緊急事態宣言」出されている期間で、14日に「特定警戒都道府県」を除く39県で解除されたが、僕が住む東京ほか首都圏はなお継続中で、外出自粛が求められている。
 とにかくこのCOVID-19のパンデミック(全世界的な感染爆発)は、驚愕・驚嘆以外の何物でもなく、第三次世界大戦にも匹敵するような歴史的な大事件である。しかもまだ、その渦中にいるわけだ。
 経済的な打撃は計り知れず、歴史の教科書で知っているだけだが、誰もが経済上の最大の事件として知っている1929年からの世界大恐慌よりも酷いのではないかと言われている。そりゃあそうだろうと思う。

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 僕の勤務先も4月16日から31日まで休業になった。5月1日から業務再開されたが、きのう16日から今月いっぱい再び休業である。つまり4月なかばから5月末までの八週間のうち四週休みというわけだ。
 それで給料が全面的に保障されるわけではない。まったく出ないよりはましだが、大幅減収である。さらに僕は、年次有給休暇の所得義務があり、トータル五週間(ほぼ丸々一ヶ月)休み。
 しかし僕には幸いである。わが家の19歳になる超高齢のお婆さん猫が、4月14日ころから急に弱りだし、コロナで休業になった16日にはほとんど危篤に近い状態に陥ったのだが、お陰でずっとつきっきりで看護できた。弱り方が急激でびっくりしたのだが、病気というよりさすがにもう老衰だと思っていた。看護といっても、獣医ではないので、見守ることしかできない。
 それでもちょうど休みになったので、一日中夜中もほとんど寝ずに世話することができた。
 それで、実はこの休み中にあの世に見送ることになるだろうなと覚悟もしたのだが、驚異的な回復力で、4月23日ころにはかなり回復し、25日にはほぼ快気したといっていい状態に戻ったのだった。

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 それからは毎朝、以前にもまして早朝に起こされ、食欲も旺盛。老衰ではなく、何かの病気だったのでしょうね。仔猫のときから19年間一度も病気になったことがなかったのだが。(まさかコロナ?)
 そんなことになる前、何か虫の知らせでもあったのか、3月8日から、僕のホームページ『西向の山』の更新を取り止めていた(というより諦めていた)ページ「猫の部屋」を14年ぶりに更新し、新規ページの作成を再開したのであった。
 前回の投稿で、「約一ヶ月の間に7ページ作った」と書いたが、その後さらに4ページ(しかも量の多い)を作成した。特に最後の2ページ、そのお婆さん猫“ひかり”ちゃんの最新アルバムは、なんとしても死んでしまう前に完成させたい一心で作った。
 その後幸いにも回復したわけだが、今回のコロナの休業は僕にとっては“ひかり”の介護のためにあったような感じなのだった。

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2020年4月 5日 (日)

こんな時こそ家に閉じ籠ってホームページ作り

 新型コロナで週末の「不要不急の外出自粛」が要請された。それが二週連続になり、明日からは平日も基本的には「不要不急の外出自粛」ということである。先週はまだそれほどでもなかったが、今週はさずがに深刻さが増した。やはり、3月30日に報道されたあの志村けんさんがコロナ肺炎で急死したニュースの衝撃度の深さではないだろうか。
 本当なら、きょうはソフトボールの春季大会第1戦、第2戦がダブルヘッダーであるところが、3/29~4/12まで中止になった。それで、日程を変えて延期されるはずなのだが、どうやら、おそらく延期はなくこのまま大会すべて中止になりそうな気配だ。

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 これは金曜日に調布飛行場前の通りで撮った写真だが、先週とは異なり、今週はもう金曜日から人出がなかった。
 そんなわけで、週末まったく暇になったので、家から文字通り一歩も出ずに、ホームページ作りにいそしんだ。僕のホームページは、一番の目的は「短説」を紹介し、僕ら夫婦の自作を公開することと、明大文学部の恩師で文芸評論家の小川和佑先生のゼミのページを作ることにあるが、夫婦の別荘として文学とは関係のない個人的な記録のようなページも作っている。
 その最たるものが、「子供部屋」と「猫の部屋」で、どちらも2006年2月には更新を取りやめ、もはや増補するつもりはなかったのだが、突然思い立って、3月8日から14年ぶりに新規のページ作りを再開したのだった。
 3月8日の日曜は、本来なら僕が監督を務めている小学生のソフトボール大会がある日だったのだが、その前週から新型コロナで学校が「臨時休校」になり、もちろん大会は中止。試合も練習もできなくなったばかりでなく、「六年生を送る会」も中止。
それで、家に閉じこもり、ホームページつくりに没頭したのだった。
 そしてきょうも。約一ヶ月の間に7ページ作った。何十時間もかけて。誰も見ないようなページなのに……。

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2020年3月29日 (日)

外出自粛の週末に桜満開のうえ積雪!

 きのうは東京で最高気温24.9℃。おとといの金曜日も暖かく、このように桜満開。(地元の“アビー・ロード”? だいぶ白線が剥げてきました)

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 そしてきょう、新型コロナ・ウイルス感染症の予防対策で、東京に週末「不要不急の外出自粛」要請が出た、その二日目の日曜日、何もかも中止になった静かな一日に、時ならぬ大雪!
 三月下旬としては32年ぶりの積雪。気温も一月下旬並みの0.7℃まで下がっりました。前日との差は実に24℃。
 32年ぶりということは、僕が結婚した(婚姻届を出しに行った)日以来ということですな。

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2020年3月14日 (土)

開花宣言の日に雪!

 本日午後、東京の桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表され、これは観測史上最も早い開花らしいのだが、その同じ日の今(夕方)、なぜ雪! 最初はみぞれだったのが、今は本格的な雪!である。きのう20℃近くまで上がって、今日この天候。新型コロナといい、なんじゃこれ。

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