2009年11月 9日 (月)

〈短説の会〉公式サイト移転

 11月5日から6日にかけて、〈短説の会〉公式サイトのサーバーとして、Lycos Japan/Tripodから引き続き利用してきたinfoseek/iswebのホームページの仕様が変わり(最上部に余計な検索バーが追加された)、Internet Explorer 8で閲覧すると、レイアウトがとんでもなく崩れることになりました。Firefoxではこの現象は見られませんが、当サイトに限ったことではないようです。
 それで、急遽サーバーを乗り換えました。当面は併存させますのでどちらでも構いませんが、レイアウトが崩れるようなら、↓でご覧ください。
〈短説の会〉Official Web Site
移転先URL:http://tansetsu.aikotoba.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月21日 (水)

「短説」休刊のお知らせ

(遅ればせながら、重大な発表をブログにもアップします)
 
■雑誌としての体裁を整えた月刊『短説』は、昭和62年(1987)2月に行われた座会の「作品綴り」を冊子にまとめ、3月号と表示したのに始まります。その際、第1回から17回までの座会の各「作品綴り」と、それとは別に発行した季刊『短説』2冊をあわせて、通巻20号としました。以後月刊化したのが今日の月刊『短説』でした。
■以来、22年間、発行が大幅に遅れたり、合併号になることはあっても、休むことなく発行し続けてきました。その時々に応じて、同人の何人かが編集や校正に加わったり、平成15年の7月号以降は数人の同人による編集担当制度を導入してきましたが、発刊以来常に最終的な編集作業は芦原修二氏の双肩にかかっていました。それどころか、発送等の雑務まで一手に。
■その限界についに突き当りました。芦原修二氏の健康上の問題です。平成21年7月21日付けで、芦原修二氏より全会員に向けて、短説の会として印刷物制作の中止が発表されました。現時点で月刊『短説』は、平成21年3月号(通巻281号)でその発行がストップしています。(4月号はゲラ刷りまで完成。6月号の年鑑特集号も編集作業は進んでいましたが……)
■しかし、もともと月刊『短説』は、座会(それも東京座会)の「作品綴り」でした。各人から提出されるB5版一枚一枚の束。それに三位選と座会要約。たとえ雑誌の形はしていなくとも、現在も存続している各座会の毎月の「作品綴り」がある限り、それで良しとも考えられます。時代も変わり、現在ではインターネットというツールもあります。むしろ原点に戻ったと思えば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

短説の24年目を迎えて

 あけましておめでとうございます
 
 昨年内にもうひとふたつ何がしか記事を投稿しようと思っていたのに、結局手付かずのまま年を越してしまいました。
  
Ts2a0739 年の瀬も迫った29日に、ようやく月刊『短説』の11月号が届きました。昨年前半まではそこそこだったのが、後半になって発行ペースが遅れがちになっていました。今号に関しては、本部の作業が遅れたのではなく、編集の遅れが原因です。つまり僕のせいなのですが、今回の11月号は異例の編集になっていて、僕の「推敲(ならびに校正)について」という批評が、作品を押しのけ作品欄よりも多くのページを割いています。
 年末に皆様のところに届いて、一体どういう風に読まれたことでしょうか。(ということを、ここで言ってもまったくと言っていいほど通じていないのでしょうが)。
 
 Hikari_nengah21 その批評のもとになったメールは、ML座会を通じて藤代座会に配布され、そこそこの反響を得、藤代ではそれをもとにちょっとした勉強会というか話し合いがもたれたとのことですが、その模様はどんな風だったのでしょうか。気になります。
 今回、藤代に送ったメールをもとに二回稿を改め、全会員向けに思い切って雑誌に一挙掲載したわけですが、どうなんでしょうか。各人それぞれの心に響いたでしょうか。もちろん、そんなことを書いた自分自身への自戒も含まれているのは言うまでもありませんが、各々自分自身のこととして読んでいただけたでしょうか。
 
 短説の新しい年に向けて、雑誌が年の瀬に届いたのはちょうどいいタイミングだったのかもしれません。そういう期待を込めて年頭のご挨拶にかえさせていただきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 7日 (日)

短説のWEB公開作品を再検討

 短説の公式サイトにアップしている(またその予定の)作品リストを、エクセルの表に整理してみた。現在、公式サイトには芦原修二氏の作品を除いて、平成18年までに発表された全100作品が公開されている。
 年代にややばらつきがあるので当初の編集方針を見直し、100作の区切りを、昭和60年9月から平成17年8月まで、西暦で言えば1985年~2005年までの、満20年間とし、つまり現行よりこの期間の作品を8作追加することにした。
 また、今まで、このブログでは、短説の会に現役で参加しているかそれに準ずる同人・会員の作品のみに限定してきたが、それも見直し、公式サイトにアップしている往年の傑作もいくつか紹介していこうと思う。
 別にネタが尽きたわけではない。毎月『短説』の月刊誌に掲載される作品だけでも、少ない時で13~15作、現在は19作までその枠が拡大されている。それらをすべてネット上でも公開すれば、三日に一度アップしても追い付かない。
 古い作品も入れようというのは、要はバランスとバラエティ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月26日 (火)

短説年鑑/平成18年(2006)の代表作

 本年度の〈年鑑特集号〉は、すだ・芦原・西山の共同編集により、予定通り6月号とし、実際の刊行・配布も6月中に完了することができました。(めでたしめでたし)
 なお、本誌の最終ページに囲みとして、以下の文が挿入されています。了とされたい。
--------------------------------------
 平成十八年度年鑑編集指針
 
 当年度年鑑は、その全体と他選集ならびに評論の編集をすだとしお同人が担当し、自選集を西山正義同人が担当し、最後のまとめは芦原修二がおこなった。
 制作に要する費用は、従前通り同人費、会費、自選作品の実費負担金によってまかなわれる。よって、当年度内に活躍していても、死亡等による以外の理由で退会し、当年鑑の制作経費の負担に責任を持たなくなった人の作品は、自動的に削除し、関係する評論も削除した。
 今回この点を厳密にとりはからった責任はまとめを担当した芦原にある。これまで、ともすれば情を重んじ、その点の処遇が緩やかだったのを反省するからである。
 会の運営に思いを致さない人の作品は、その作品自体にも責任を放棄している点があると考え、そう判断しての決断である。
 ご了解願いたい。
  平成十九年五月   芦原 修二
--------------------------------------
 
 さて、恒例の年間三位選はどうなったのか。
 
■2006年の代表作・他選集・点盛り表■
〈作品別集計〉
(天)コトノハ/すだとしお(4+6+4+4+3+4)=25点
(地)豚   /西山 正義(1+1+1+2+3)=8点
(人)赤とんぼ/道野 重信(3+4)=7点
(我)縄のれん/森林 敦子(1+2+3)=6点
(我)ラジオ /向山 葉子(3+3)=6点
 
(次点)
・少女    /芦原 修二
・蔦の葉の血しぶき色や袈裟御前/喜多村蔦枝
・右手    /日向みなみ
 
〈個人別集計〉
(天)すだとしお(35点)
(地)芦原 修二(14点)
(人)道野 重信/神渡川雪彦(12点)
(我)喜多村蔦枝(9点)
(我)西山 正義(9点) 
 
(次点)
・森林 敦子(6点)
・向山 葉子(6点)
・日向みなみ(5点)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

インターネット版『短説百葉集』完成!

 WEB版『短説』編集長の西山です。四月になりました。
 以下の文と一覧は、今度の年鑑特集号の見開き2頁をもらって掲載するのを想定していますので、そのまま使えるよう20字詰めになっています。
 東京は先週の日曜は雨。今日は絶好のお花見日和でしたが、僕はそれどころではなく、ソフトボールの春季大会が開幕。今年からチームを再編し、僕も地域のトップリーグでプレイすることになりました。四月いっぱいリーグ戦が続きますので、しばらく気持ちはそっちに行っちゃうことでしょう。
 本日、月刊『短説』四月号のゲラ刷り落手。これは早急に朱を入れます。以下の件、まずはMLのみなさんとインターネットが見られる方々にご報告いたします。
 
--------------------
 インターネット版『短説百葉集』完成!
 
 この度、短説の会・公式サイトに掲載して
いる(つまり、インターネット上に公開され
ている)作品が、芦原修二作品を別枠として、
ちょうど一〇〇作になりました。
 平成一五年の六月、すだとしお同人が短説
『百葉』を編纂しました。公式サイトはその
同じ月に西山が立ち上げたものですが、それ
から三年一〇か月、ここにWEB版『百葉』
が完成したという次第です。
 すだ版は、短説の歴史を俯瞰するという側
面もあり、最初期のものから、単行本時代の
『年鑑』を彩った招待作や、ゲスト参加など
も多く含まれています。
 対してネット版は、現役作家を中心に組ま
れているのが特徴です。もちろん短説の歴史
を踏まえ、すでに短説から離れている作家に
ついても、外せない作家やすだ版未収録でこ
れはと思うものは収録していますが、一作家
一作品に限りました。
 また、翻訳版があるものを優先的に掲載し
ましたので、大井正博氏によりフランス語に
訳された作品は、原作・翻訳ともに網羅され
ています。
 二つの『百葉』に収録された作家は、すだ
版六七名、ネット版七〇名、重複を除き、別
名を一人と数え、合計八五作家にのぼります。
いよいよ「百人一短説」も夢ではなくなって
きました。総収録作品は、重複を除き別枠の
芦原作品を含め一七五作。
 以下、発表年代順にネット版『百葉』の一
覧を掲げます。洩れているからといってがっ
かりしないでください。ここ最近の会員の中
にも注目されるべき作家が何人かいますが、
現時点では収録し得ませんでした。
 しかし、公開形式を見直すため、しばらく
サイト本編での更新はストップしますが、こ
れ以外の過去の秀作や最近会員になられた方
の作品は、引き続きブログ版のほうでアップ
していく予定です。
 なお、芦原作品は八作公開されていますの
で、合計一〇八。すなわち、いわゆる煩悩の
数と言われている数だけあり、「百葉集」と
いうより「短説煩悩集」といったほうがいい
かもしれません。
    (平成一九年四月一日・西山正義)
 
【○=単行本年鑑収載 ◎=月刊誌年鑑特集
号他選集選出 ☆=すだとしお版『百葉』収
録 F=フランス語訳併載 E=英訳併載】
 
 *昭和60年(1985)~昭和63年(1988)
1 症候群      ○☆  五十嵐正人
2 蝶むすび     ○☆   西山正義
3 誕生パーティー  ○  センナヨオコ
4 ポタポタ     ○☆   原  葵
5 something blue ○    河江伊久
6 コーヒーショップ ○    木口正志
 
 *平成元年(1989)~平成3年(1991)
7 トロッコ     ○   すだとしお
8 茂草鉄道     ○☆   向山葉子
9 少年       ○    福田政子
10 ホメオスターシス ○☆   森林敦子
11 柵を越えて    ○☆F  金子 敏
12 楽団       ○    秋葉信雄
 
 *平成4年(1992)~平成6年(1994)
13 迎え火      ○☆ 佐々木美千代
14 銭湯       ○    小林 稔
15 お戒壇めぐり   ○☆ 五十嵐まり子
16 黒曲       ○   美野里亜子
17 真夏の少年         大宮章義
18 秋霖        ☆  喜多村蔦枝
 
 *平成7年(1995)~平成8年(1996)
19 息子            栗原道子
20 ピンク鼻      ☆   錦織利仁
21 連凧            檜垣英行
22 ワッカノナゾトキ山 ☆   米岡元子
23 初めの一歩         館としお
24 八月の空に         村上友子
25 シズコ       ☆   寺山克枝 
 
 *平成9年(1997)
26 風に乗って    F    米岡元子
27 青春            小池ふさ
28 霧           秋野さくらこ
29 自転車の人    ◎☆  相生葉留実
30 三角クジ     ◎☆   糸井幸子
31 水車小屋         日向野フミ
 
 *平成10年(1998)
32 背後霊      ◎☆   岩谷政子
33 女ひとり     ◎☆   桂 千香
34 ミルクココア   ◎☆   小滝英史
35 ツチノエネヤ   ◎    吉田龍星
36 珠子       ◎    有森 望
37 十三分間     ◎    荒井 郁
 
 *平成11年(1999)
38 ニシノソラ    F   すだとしお
39 その女      ◎☆F 園田やよい
40 ヒキガエル    F    田中睦枝
41 ネタ釣り     ◎F   水南 森
42 盆まつり     ◎☆   向山葉子
43 三三九度     ◎    川上進也
44 鳩             福本加代
45 子供のいる家        綾部有時
46 と、作者は書いた。F    西山正義
 
 *平成12年(2000)
47 馬と夢とラッキョウと◎☆E 秋葉信雄
48 涙腺       F    小巻正子
49 傘        ◎☆   石川正子
50 カルガモ          船戸山光
51 握手       ◎    安村兆仙
52 ミミズ      ◎☆   関口十至
53 トカゲ      ◎    田中睦枝
54 トルソ      ◎   すだとしお
55 幸福       F    福本加代
 
 *平成13年(2001)
56 地球儀の夜         道野重信
57 立場       ◎☆   川嶋杏子
58 ホットケーキ   ◎☆F 古川身江子
59 生け花      ◎☆  喜多村蔦枝
60 あんちゃん    ◎F   石川正子
61 座席       ◎☆   大西頌子
62 平成十三年九月十二日、朝  向山葉子
 
 *平成14年(2002)
63 戒め       ◎☆F  新井幸美
64 鯉を釣る少年   ◎☆   道野重信
65 山釣り       ☆   根本洋江
66 道程       ◎☆F  吉田龍星
67 恐竜のタマゴ   ◎☆   小森千穂
 
 *平成15年(2003)
68 二丁目十三番地  F    岩谷政子
69 サンルーム    ◎☆   藤森深紅
70 夜泣き街道    F    道野重信
71 夜明けにララバイ ◎    秋葉信雄
72 かくれんぼ    ◎   古川身江子
73 蝉の羽立ち    ◎    水南 森
74 船        ◎F   見崎 漣
75 手打ちそば    F    木村郁男
76 利根川           伊藤 朗
 
 *平成16年(2004)
77 墓誌            太秦映子
78 鏡             宮 禮子
79 夢の中で         小野寺信子
80 視線       ◎   星子雄一郎 
81 うつくし     ◎    川嶋杏子
82 父             川上進也
83 ばあさんの庭      五十嵐まり子
84 やくせん          大越剛吉
 
 *平成17年(2005)
85 七化け           能美 清
86 順番            吉田龍星
87 川ぴたり         横山とよ子
88 深層海流          普川元寿
89 セキララ     ◎   喜多村蔦枝
90 玉        ◎    西山正義
91 ホットドッグ        桑井朋子
92 栗の花      ◎    岩谷政子
93 駅前広場          水南 森
 
 *平成18年(2006)
94 野田くん          川上千十
95 豚        E    西山正義
96 ポケット          西村 操
97 スリッパ        佐々木美千代
98 右手           日向みなみ
99 クラゲ          神渡川雪彦
100 雨            すだとしお
 
 *芦原修二作品
1 おんぶ行者       ○☆  1985
2 犬と少年と郵便夫    ○☆  1991
3 叔父          F   1996
4 四人ないし三人の彼等  E   1999
5 腕の中の猫       ◎   2000
6 丸い男         ◎   2003
7 山吹の花        ◎   2004
8 飛行機             2005
 
---------以上---------

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月23日 (木)

短説〈年鑑特集号〉について

 月刊『短説』12月号(のうち8月座会分)の編集を終え、さきほど芦原さんに入稿しました。
 以下、五十嵐正人同人からいただいたコメントに応えて、コメント欄ではなくあえて本欄に書き込みます。
 
 年鑑についてはご覧の通りです。他選集は、「年鑑」という意味では、記録的な側面だけでも意味のあるものだと思いますが、やはり自選集ですね。それと「三位選」への参加。
 今年で8回目ですが、年々減っています。会員数は増えてもいない代わりに減ってもいない。つまり、入れ替わってはいるのですが。ためしに数えてみました。
 99年(98年分)の35人から、2000年・21人、2001年・23人、2002年・18人、2003年・18人、2004年・13人、2005年・15人、そして今年も15人。特に今回は、荒井郁さん(通信座会)、道野重信さん(関西座会)を除くと、あとはすべて東京とMLのみです。
 そもそも、会員の間で月刊『短説』がどのようなポジションにあるのか。それは人それぞれでもいいと思いますが、他選はともかく、自選集は「作品発表の機会」でもあるわけだから、「総見」的に盛り上がってほしいと思うのは僕だけなのでしょうか。
 自選は有料ですが、自分たちで雑誌を出すことを思えば極めて安いもので、編集の手間がかかるわけでもなし、月刊誌でボツにされた作品を直して、ボツにした編集者をぎゃふんと言わせればいいじゃないか。いやそこまででなくても、昨年一年間に書いた自作で、出来不出来はともかく、個人的に愛着のある作品をみんなに読んでもらおうという気にならないのか。
 短説は、なにも〈短説の会〉に属していなくても書けるものです。最近ではブログなんていう手軽なものもあり、〈短説の会〉の座会にも出ず、個人的にウェブ上で発表することも可能です。実際そうした人もいますが、そして、それだけでいいと思うなら、それはそれでいいのですが……。
 短説は、座会に出て、批評や意見を聞いて、全面的に改稿したり、あっちこっち直したり、つまり推敲によって作品を磨くことが何よりも大事だと思うのだが。それはつまり他ならぬ自分と自分の作品のためだ。
 座会がまずその最初の機会だとすれば、雑誌はその次の機会です。雑誌発表作というのは、その時点での最終稿ではあるが、さらに直される可能性があっていいものです。
 これが長い小説だと、そうは言っても同人雑誌では次の発表の機会がないに等しい。僕は、『日&月』という雑誌に発表した小説を、その後相当手を入れていますが、手元に残しておくことしかできません(個人サイトに一部アップしてはいますが、誰が読むんじゃい!)。そこで合評会を開いても、その批評には虚しさがつきまとう。それが従来の小説同人雑誌の悩みだったのです。それを短説は、長さの関係もありますが、画期的なシステムを生み出し、クリアーしたのです。それにはワープロの登場とコピー機の普及なしには考えられないのですが、芦原修二氏を短説にかりたてたそもそもの原動力はそこにあったと思われます。(実際、短説の最初の〈雑誌〉である『季刊短説』創刊号の編集後記にそのようなことが記されています。最近の会員はなかなか目にすることはできないでしょうが)。
 だから、年鑑も会を盛り上げようとか、会に属しているからとかいうことではなく、作品をよりよくするための一つのチャンスなのです。そのために設けられているといってもいいものです。芦原さんの〈自選作〉や喜多村蔦枝さんの〈他選作〉をご覧ください。月刊誌掲載からさらに推敲され、タイトルが変更されています。一方は片仮名から平仮名へ、一方は逆に平仮名から片仮名への、一見小さな変更のようにしか見えませんが、その効果は確実に違います。喜多村さんは〈自選作〉もタイトルを一度変更し、さらに意見を聞いて元に戻しています。
 今度の12月号、実は、関西座会からはなんと22作も集まって来ていたのですが、結局1作しか選べませんでした。理由は、どう考えてももう少し直しが必要だろうというものばかりだったからです。関東の座会ではあまり見られないようなユニークな作品が多く、それなりに面白いのですが、まったく勿体ないことです。逆に上尾座会は4作でしたが、2作採用しました。しかし、〈天〉に選ばれた作品は、かつて通信座会に出されもので、そこでの批評がまったく活かされていない(というより推敲されていない)ものだったので、不採用としました。これもいいところがあるものだけに、“まったく”勿体ない限りです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

短説年鑑/平成17年(2005)の代表作

 昨日ようやく月刊『短説』の〈年鑑特集号〉が届きました。同人・会員の方々は相前後してお手許に届いていると思います。もう11月も下旬に入ろうかという今日この頃ですが、9/10月合併号になります。本来なら5月に出るところ、半年も遅れました。遅れた主因については言いません。編集というたいへんな作業をしたことがない人間に編集担当者を責めることはできません。ただ、編集システムに問題あり、というのだけははっきりしてきました。具体的なことはML座会で述べたのでここでは繰り返しませんが、システムといってもそんなに難しいことではなく、インターネットの活用ということなのですが……。
 さて、内容。僕は校正を担当したのですでに全容を知っていたわけですが、昨年のブログに倣って、メインコンテンツである巻頭の「2005年の代表作 他選集」の点盛り表を掲げておきます。
 
■2005年の代表作・他選集・点盛り表■
〈作品別集計〉
(天)玉   /西山正義 =22点
(地)誰何  /芦原修二 =13点
(人)セキララ/喜多村蔦枝=11点
(我)栗の花 /岩谷政子 =10点
 
(次点)
・ジョンジョロ/すだとしお
・登校日   /水南森
・豆腐    /福本加代
・写経    /米岡元子 
・かくれんぼ /道野重信
・コルサコフ嬢/桑井朋子
 
〈個人別集計〉
(天)芦原修二 (29点)
(天)西山正義 (29点)
(地)すだとしお(22点)
(人)喜多村蔦枝(20点)
  
・水南森(10点)・岩谷政子(10点)・福本加代(9点)・米岡元子(9点)・道野重信(8点)・桑井朋子(8点)
 
 なお、朱入れしたはずですが、僕の携帯電話のメールアドレスが間違ったままになっています。ほかにも直っていないところがありましたら、ご指摘ください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

平成17年《年鑑特集号》正誤表

『短説』平成17年5月号(通巻236号)《年鑑特集号》-正誤表-
※空行・タイトル等は行数に数えず。
頁・段・行 (作品名等)   (誤)          (正) 
01・中・01  山吹の花  この花をどう見るのだろうか。→この花をどうみるだろうか。
01・中・03  同上    もう一度まわりから直した。→もう一度まわりから見直した。
02・上・05  視 線   下着を履き替え、→ (改行)行頭半角下がり
02・上・12  同上    いつものように → (改行)行頭1文字下がり
02・中・07  同上    勃起したものは → (改行)行頭1文字下がり
09・上・03  選評要約  妻に姿は、  →  妻の姿は、
10・上・01  同上    こわさを思うそして、→ こわさを思う。そして、
10・上・10  同上    宮澤賢次  →  宮澤賢治
10・中・14  同上    泣いた。  →  泣けた。
11・上・23  同上    アロカーナと裸婦 → アローカナの卵と、裸婦
12・上・14  同上    思く感じられる → 重く感じられる
12・中・16  同上    戦争向かいつつある → 戦争に向かいつつある
12・下・10  同上    『利根川』伊藤朗) →  『利根川』(伊藤朗)
12・下・14  同上    『母の里帰り』  →  『親母の里帰り』
17・中・04  ある用務員の話   枝だを、  →  枝を、
17・中・14  同上    返って来ない。  →  帰って来ない。
21・上・06  流 山   夥しい小文書  →  夥しい古文書
21・中・01  冬ごもり  「準備」   →   「準備完了ね」
21・中・01  同上    この一DKで過ごす積もりだ。→ ここで過ごすつもりだ。
21・中・01  同上    大型の冷凍冷蔵庫 → 大型の冷蔵庫
21・下・02  同上    家賃など自動引き落とし。→ 家賃などは自動引き落とし。
21・下・02  同上    購読は断わった。 → 購読は断った。
21・下・11  同上    嫁たちのほうから電話が → 嫁たちのほうから、電話が
21・下・13  同上    和江はつぶやいた、 → 和江はつぶやいた。
21・下・13  同上    子育てが終って  →  子育てが終わって
21・下・13  同上    結婚してそれぞれ  →  結婚して、それぞれ
22・上・04  同上    給いけるかな……〉 → 給ひけるなかに……〉
22・上・06  同上    うとうとし始めた。 → うとうと、し始めた。
24・上・03  夏休み   だいぶん年下だった。→ だいぶ年下だった。
26・下・26  評論集   短説をいう文学  →  短説という文学
27・上・25  同上    「諾、諾』と  →  「諾、諾」と
29・中・22  読後評より 「視線」(見崎漣)  → 「視線」(星子雄一郎)
30・下・25  同上    「諾、諾」とした垂れ流された→「諾、諾」と垂れ流された
表3・(初出一覧) 流山 西山正義 ML4月 → 流山 西山正義 ML17年1月
----以上----

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月27日 (水)

秋葉信雄氏が第二短説集を刊行

 短説の会講師でもある秋葉信雄同人の二冊目の短説集が刊行されました。表題は『DEAD DECEMBER(死んだ師走)』。発行日は「9.11」。同じく講師のすだとしお同人の編集で、製作・発売は崙書房出版(℡04-7158-0035)。定価は税込で2,100円。ご注文は直接書肆へどうぞ。ISBN-8455-1129-0
 内容は、前作『砂の物語』(平成12年11月刊)以降に書かれた短説集成で、〈五属響和〉、〈DEAD DECEMBER〉、〈ガラスのネクタイ〉、〈Dreams over the Graves〉の四つのパートに、英文作品や翻訳も含め51篇収録されています。前作ではやや抑えていた(本性を隠していた?)部分を増幅させ、あるいは自由に想像の羽根を延ばし、アキバ・ワールド全開といった感じ。
Dead_december 実は西山は「解説」を仰せつかったので、その制作段階の初期から読ませていただいていました。ですのでどんな仕上がりになるか楽しみにしていたのですが、表題にふさわしい渋い装幀で、内容共々、実に素晴らしい出来で、「カッチョいい」というのが第一の感想です。
 中身についてはその「解説」に譲るとして、(因みに、解説のタイトルは「多言語クロスワードのビート感と秋葉式コード進行」というもので、なんとなく想像してください)、 昭和60年9月に創始された「短説」は、現時点で丸21年の歴史を有し、数多くの短説作家と、テーマもスタイルも多岐にわたる幾多の名作を生んできましたが、過去に短説集を二冊出したのは米岡元子さんただ一人しかおらず、奇しくも「同期」の秋葉さんが二人目となるわけですが、これは実に大変なことです。
 いや、同人もベテランになれば、すでに二冊分になるぐらいの作品数を書いている人は他にもいます。しかし、それを本にするには物凄いエネルギーを要し、何より本にするに値するコンセプトが必要で、なかなか一冊にまとめるのは難しい。それを思うと驚嘆します。
 本の紹介でこういうことは言わない方がいいかもしれませんが、たぶんこの本は、理解できない人には理解できない部分があると思います。いや、理解できるできないというより、ピント来るか来ないか。今も僕はこの原稿を書きながら、British Invasionの楽曲をかけっぱなしにした海外のインターネットラジオを流していますが、この本はブライアン・ジョーンズがいた頃のストーンズやキンクス、ヤードバーズ、ビートルズの『REVOLVER』、あるいはドアーズやCSN&Yといったあたりを聴きながら読むのが、正しいとまでは言いませんが、ふさわしい。それから1960年代後半の新宿や神田。そして〈運動〉。そう言ってピント来ない人にはピント来ないという性質を有している。もちろん、だからと言って、万人の理解を拒むものではありませんし、短説には珍しいハードボイルドな作品群として、面白く興味深く読めるものです。ただ僕は、ここに、アジア人(というより黄色人種極東島国人)の文章によるリズム&ブルースを濃厚に読んだわけなのでした。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年1月28日 (土)

ブログ版『短説』の編集方針

〈短説の会〉公式サイトには、現時点で、52作家・72作品が収録されています。芦原修二先生を別枠とすると、51作家・66作品。100作になるのはもう一年半ぐらいかかるでしょう。
 二年半前、すだとしお同人が編集した『百葉』(短説百選)は、短説の歴史を俯瞰するという意味で、一時的にしか参加していなかった作家や、単行本形式の『年鑑』の「招待作」からも一通り選ばれています。
 対して、公式サイトは、基本的には現役作家を中心に編集しています。ただし、初期のものについては、その限りではなく、おおよそ二十世紀中に発表された作品のなかには、すでに〈短説の会〉を退会された方や、現在は短説から離れている方の作品も含まれています。
 しかし、それらは一作家一作品に限りました。また、ごく短期間の参加やゲスト参加は除きました。まだアップされていない作家もいますので、これらは今後も増補していく予定ですが、一作家一作品に限定します。
 さて、そしてこの〈ブロブ版〉ですが、公式サイト本編よりもさらに現役中心になっています。というより、現役作家と、最近は短説を書いていなくても何らかの形で今も〈短説の会〉に継続してかかわりを持っている作家に限りました。
 これはブログという性格を考慮してということもありますが、今後は、サイト本編にはアップしきれない(またアップ予定のない)近作も、ブログ版では公開していこうかと考えています。これは月刊『短説』の編集用のテキストを流用する形になりますので、〈短説の会〉の会員の皆様には既読ということになるのですが。
 
 実際問題として、〈短説の会〉ではどの程度インターネットが普及しているのか。つい最近ようやく全座会の代表者とメールが繋がった次第で、会全体としては、世間一般に較べてまだまだあまり普及していないというのが現状です。
 公式サイト編集人としては、本来インターネットは外部に開かれたものですから、対外的なアピールをめざすべきで、サイト本編は事実そうした側面も考慮しているのですが、正直言えば、本当はもっともっと〈短説の会〉のなかで活用できないものかと思っているのです。外部へのアピールより、内部へのアピール。多少身内的でもいいじゃないかと。
 それにはネット普及率が高まらなければどうしようもないのですが、それよりも問題は……とその先を言い出すとまた別の問題になってくるのでやめておきますが、各座会内の交流だけでなく、会全体の動向、もっと言えば「短説」という文学運動の総体へも視野を広げてほしいと思うのです。
 そうでなければ、毎月出している月刊『短説』もやがて形骸化していきます。〈年鑑特集号〉への参加が少ないのも、そのへんに原因があるのではないか。結局は各人の“温度差”ということに帰着してしまうのですが……。対外的によりも、内部に向けて“挑発”したい、というのが編集人の本音です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年6月 8日 (水)

短説年鑑/平成16年(2004)の代表作

 月刊『短説』の5月号が出ました。平成11年から毎年5月号は、〈年鑑特集号〉と題して、前年度の収穫を集大成します。これで7冊目になります。編集後記で芦原修二さんが書いておられるように、編集担当のすだとしおさんの「苦労がこもった年鑑」です。
 メインは巻頭の「2004年の代表作 他選集」で、毎年2月末日締切で三位選(点盛り)が行なわれます。
 さて今回はどうなったのか。
 
■2004年の代表作・他選集・点盛り表■
〈作品別集計〉
(天)山吹の花/芦原修二(3+3+3+3+2+4)=18点
(天)視線/星子雄一郎(4+1+3+4+2+4)=18点
(地)そらをとべるまで/道野重信(3+4+3+3)=13点
(人)隠棲/芦原修二(3+2+4+3)=12点
(我)ゆうぐれ/道野重信(1+3+2+4)=10点
(我)うつくし/川嶋杏子(3+4+2+1)=10点
(我)ドーム/古川身江子(4+4+2)=10点
 
(次点)
・イタイルイナキムシ1・2/すだとしお(9点)
・船/見崎漣(9点)
・螢袋/喜多村蔦枝(9点)
 
〈個人別集計〉
(天)芦原修二(34点)
(地)道野重信(30点)
(人)星子雄一郎(18点)
(我)すだとしお(17点)
 
・川嶋杏子(16点)・古川身江子(10点)・見崎漣(9点)・喜多村蔦枝(9点)・太秦映子(8点)・水南森(8点)・向山葉子(8点)・村田千恵(7点)
 
 この結果をどうみるかは人それぞれでしょう。感想は控えます。
 星子さんは現在おそらく最年少の新鋭。7年連続で選ばれているのは、芦原修二、道野重信、すだとしおの3氏。古川さんは非常に寡作ながら、1作1作の質が高い。
 集計結果とは別に言いたいこともありますが、昨年も一昨年も言ったような気がしますのでもう言いません。
 これらの傑作はおいおい公式サイトやこのブログにもアップしていきます。お楽しみに!

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年5月17日 (火)

毎日新聞「こだわりの人」に芦原修二氏

 5月10日の毎日新聞・都道府県ニュースに、
『こだわりの人:
「短説」を提唱、20年・芦原修二さん(我孫子市新木)/千葉』
として、芦原さんと短説が大々的に紹介されています。
 
 僕は新聞の記事は見ていません。今インターネットで見付けたのです。毎日新聞がMSNに配信しているニュースサイト「MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース」の「ニューストップ > 都道府県ニュース > 千葉 > バックナンバー > 記事全文」
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/archive/news/2005/05/10/20050510ddl
k12070293000c.html
 
 上のURLがちょん切れてうまく見られない場合は、とりあえず↓にアクセスし、5月10日のバックナンバーから探してください。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/archive/index.html
 
 こういうのはURLがすぐ変わる可能性があるので、早めにアクセスしてみてください。ネットの記事では、肝心の見出しが「短説」ではなく「短歌」に誤植されていて、がっくりなのですが。(本文はもちろん「短説」になっていますが)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年5月 6日 (金)

短説のブログ

 今日の午前中、〈短説の会〉公式サイトと「西向の山」のリンク関係を更新しました。
 一ト月前に開設されたkatoreaさんのブログ・ジジババ草紙「カトレア日記」に続いて、昨日、短説をはじめてネットに紹介した水南森/五十嵐正人さんが「水南の森−短説BLOG」を開始。作品は、現在水南さんが盛んに取り組んでいる「神様の視点を持たない短説」を中心に、短説論も展開予定とか。楽しみです。
 短説のブログは、これで三つ目。yuurakusyaさんの「雑記帳」は「ジオログ」を使ったもので、これはいわゆるブログとは異なるのですが、自力でサイトを更新できないyuurakusyaさんにも更新ができ、コメント機能もついているので、ブログの一種として含めてもいいかもしれませんが。ともかくブログは今や簡単ホームページというわけで、短説のブログも今後続々と出てくるかもと期待。
 サイトには誰しも掲示板を付けたりしますが、ブログのいいのは、各記事(作品)にダイレクトにコメントを付けられるところでしょう。掲示板以上に気軽に投稿できるので、今までネットでは沈黙していた人まで投稿するようになり、交流の輪が広がります。
 それと、記事同士を直接ハイパーリンクで繋ぐトラックバック。サイトのリンク集を更新するのは面倒くさい面もありますが、これなら楽。しかも、よりダイレクトに連携できます。ブログを持っている同士なら、関連の記事をそれぞれのブログで、自説を展開できるし、閲覧者にとっては、ワン・クリックで関連記事がすぐ読めるという寸法だ。たいした記事じゃないとがっかりしますが。
 このブームがいつまで続くか分かりませんが、これからホームページを持ちたいと思う人は、よほど凝ったレイアウトを必要とするコンテンツがない限り、もはやブログだけで十分でしょう。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005年4月 7日 (木)

Invitation to tansetsu

Invitation to tansetsu
 
Shuji Ashihara

 
  Tansetsu is the novel which was written in only 800 characters of Japan. But, there is a big difference between Japanese characters and English. So, think like this. Tansetsu is the shortest novel. For example, as one-page or one-column.
  But, maybe you won't recognize it as the novel. Because it is too short. Then, we named it "tansetsu"as a form of new literature.
  Tansetsu is a thing like a haiku in the poetry, but in the novel. In Japanese, haiku is announced in the party, and they enjoy and criticize it. Also, in the party which named "zakai", we read and criticize tansetsu.
  The literary movement of tansetsu began in autumn 1985. It is a new literary movement, but the tradition of Japanese literature is taken over richly.
  For example, the history of this short story "tansetsu" began from the"Konjaku- monogatri (now, long ago, a story)" was compiled in early 12th century in Japan. And, "Ise-story" was concluded in the Heian Period (8th century in Japan). This story is the accumulation of the little episode. And then, was described the all lives of "Poet Mr. Narihira". We recognize it, as an origin of "rensetsu". The "rensetsu" is composed with plural "tansetsu". We produced some wonderful "rensetsu" works and "tansetsu" works already, by the citizen, not a famous writer.
  Now, it passes through about 20 years. We can say that the pleasure of the creation of the novel was liberated to the general public.
  As for the thing that a novel creation is to look for an answer. What am I? Where am I? This method was liberated from the dictator's occupation. Now   we can participate in the creative activities freely. Anyone, all.
  A tansetsu is very little. But, the universe is contained in it. One lily flower is to be so.
 
  We want an American or an English person who lives around Tokyo and can help us for translation in Japanese to English. Make contact with e-mail please. <tansetsu@sj8.so-net.ne.jp>

Copyright (C) 2000-2005 ASHIHARA Shuji. All rights reserved.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月11日 (金)

通信座会/短説の書式/点盛りについて

 ML座会で、以下のような投稿がありました。それに関連して、その他+α気づいたことがありますので書き出しておきます。

 作品「○○○」についての通信座会での批評文読ませていただきました。作者があらかじめ判っているML座会との違いが面白いと思いました。MLでは点盛り座会の形式は難しいでしょうね。作者名があるかないかで、コメントも違ってくると思うのです。東葛の一月座会はかなり大胆な作品が出ます。匿名で、自分の作品を読み上げなくて済むからでしょうか。(東葛座会は普段は点盛りをせず、作者が自作を朗読して、合評を始める)

■通信座会のこと
 
 通信座会(これは現在では郵便座会といった方がいいかもしれませんが)も、長い間には若干メンバーの入れ代わりはあっても、ほぼ常連メンバーで固定されていますので、無記名で提出されていても、実際には作者が誰かというのはすぐ分かってしまいます。
 今回、私は6年ぶりに参加したのですが、月刊誌の編集で見ていたこともあり、ほかの8名の作者は完璧に分かりました。文章を読んで分かる以前に、ワープロの印字の特徴で、見ただけで分かってしまうものもあります。
 それでも、封筒を開け、一枚一枚作品を手に取るまでは、誰が参加しているかは分からないので、そういう意味ではほかの座会と違った面白みがあります。
 そこへ、予期せぬ参加者があると、これは誰だということになる。今回の私のはまさにそういう感じで、三位選が届くまでは誰も私だとは分からなかったと思います。通座もたまに飛び入り参加があると、刺激になっていいようですので、参加費が1,600円(80円切手20枚同封)かかってしまいますが、たまに参加してみると面白いですよ。
 
■短説のワープロ書式について
 
 無記名であろうとも、同じワープロで印刷しようが、よく読めば作者はたいてい分かりますので、それとは別の観点からですが、もう少しワープロの書式を合わせられないものかと思います。
 これはほかの座会のもそうですが、文字のレイアウトによってはスキャナーでよく読み取れないものがあります。また、ワープロはすでに製造されていないので、古いものを使っていて文字が潰れていたり、印字が薄いものなどは、まったく読み取れません。
 短説の縦書き二段組の書式・レイアウトは、もうずっと以前に、芦原さんが統一書式の見本を提示していて、「短説への招待」や単行本の年鑑、月刊「短説」のバックナンバーにも縮小版が載っています。機種による微妙な違いは仕方ないとして、なるべくこれに合わせてほしい、というのが編集部の希望です。
 
 全体的に、みなさん文字間隔や行間隔をとり過ぎている。注意を要するのは、この統一書式は、現在の月刊誌の「巻頭作」の二段組書式とは異なるということと、芦原さんの説明では数値が切り上げされているので、その通りに設定すると芦原さんの原稿より広くなってしまうという点です。
 公式サイトの「原稿の書き方」にも詳しく載っていますので、もう一度確認してみてください。
 まとめておくと以下の通り。(文字の大きさは10.5ポイント)
 
文字間隔は、3.72〜3.87mm
20字分で一行の長さが、74.4〜77.4mm
 
行間隔は、5.4〜5.9mm
20行分の横幅が、108〜118mmm
 
定型で書式設定できるなら、
文字間隔、20字あたり76mm
行間隔、20行あたり110mm
にすると、上記の平均値ぐらいになります。
 
 B5の用紙いっぱいに印刷すると、たしかにもっと文字間隔も行間隔もとれるのですが、余白が多めにあった方が美しいですし、スキャナーとの相性もいい。 
 
■MLでの点盛りについて
 
 これは可能です。Yahoo!グループには投票の機能がついていますので、それを利用すればできます。ただし、全員がYahoo! IDを所得して、新システムに移行し、ブラウザのMLのページから各メニューにアクセスしてくれないことには使えません。
 しかし、現状のままでも、もう一つできる方法があります。
 まず、締め切りを決める。各自は、それまでに私個人宛にメールで作品を送る。私はそれをまとめて(1通のメールにして)MLに配信する。送信者名は私になりますので、個々の作品は一応誰のだか分からないことになる。三位選(天・地・人・我を選ぶだけ)も各自は私個人に送り、集計して配信する。作品の感想は、集計後に各自がばらばらにアップしてもらえばいい(つまりいつもの通り)
 
 まあそこまでしなくても、ある程度作品が集まってくると、月ごとに、天・地・人・我の投票をしてもいいかもしれませんね。作者が分かっていても、自分の好みで選べばいいし、ほかの座会に出した作品も含めて、やってみるもの面白いでしょう。
 点盛りについては賛否がありますが、私は芦原さん同様に賛成派です。なぜその作品を選出するのか、なぜこの作品はいただけないのかということで、選ぶ方もより作品を読み、考えることになるからです。
 
 通信座会では全作品にコメントをつけるのですが、これが批評どころか感想にもなっていない方がいます。こういう方は上達しませんね。よく理解できないような作品でも、好みじゃない作品でも、一所懸命言葉を尽くしてコメントを書いてくる人は、やがて確実にいいものを書くようになっています。これは通座で実証されているといってもいいでしょう。
 ほかの座会でも同じことですが、人前ではなかなか発言できないという人もいます。そういう意味でも通座は勉強になります。しかし、かといって、感想を文章にするのはもっと難しいという方もいるでしょう。ある作品を読んで、思ったことを率直に述べよと言われても、思うように文章にできない。しかしこれは、自分の思いを作品でどう相手に伝えるかということにつながります。思いをなかなか伝えられないというのは、やはりその前に読みが足りないのではないか。
 だから感想も、ただ「なんとなく心ひかれた」とか「おもしろく読みました」とか、また「難しかったです」とか「よく分かりませんでした」といった一言だけで済ませずに、どこがどう心ひかれたのか、どこがどういうふうに面白かったのか、どこがどう難しいと思ったのか、よく分からないのはどういう部分なのか、ちゃんと言う(考える)べきだと思う。
 通座の寸評だって、相当時間をかけて考えないと書けない。かなりのエネルギーを要する。そんなことに労力を使うなら、自分の作品を書いた方がいいのじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、それはやがて自分に跳ね返ってくると思います。
 それに短説の場合、いずれみんな同人仲間なんだから、よく分からないような作品でも、細かいところまでもっとよく読んであげてもいいんじゃないか。と、そんなことを思ったりします。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年3月 7日 (月)

短説メーリングリスト座会

 十日ばかりブログをアップしていませんでした。三月はこれが初。これから紙媒体の方(月刊「短説」四月号)の編集に取りかからなければいけないので、また間が空くかもしれません。実は、二月になって、特に後半から、このところずっとML座会への投稿で忙しかったのです。
 短説のメーリングリスト(ML)座会は、メンバー間のみに流通していて、一般には公開されていませんので、ここでその中の様子を述べても、メンバー以外の方にはピンと来ないと思いますが、新たに強力なメンバーが二人参加したこともあり、このところ怒濤のような投稿で、メールの嵐になっています。
 2000年4月に始まった短説のML。新システムに移行したのは2002年6月。
 今まで最も投稿があった月は、旧MLでは、短説十五周年記念全国大会が行なわれた直後の2001年3月。この時は、全国大会に触発された作品が短期間に次から次へとアップされたのでした。これら一群の作品は、大会の会場が埼玉県嵐山町であったので、のちに旧ML管理人の水南森さんによって「嵐山もの」と名付けられました。旧MLの最大の成果です。
 新システム(Yahoo! eグループ→Yahoo!グループ)に移行してからは、管理人である私の怠慢もあり、細々とやっていたという感じでした。それでも、短説の会初の「同人会議」が行なわれた前後の2003年5月には、月93通の投稿がありました。次いで多かったのが2004年1月の71通。あとは少ない時は10通以下、多い時でも30〜40通ぐらいでした。やはり、論客?の私や水南さんが盛んに投稿した月は全体の投稿も多く、逆に少ないと淋しいことになっていました。また、何か記念の行事などがあると、それに刺激されて投稿数が増加するようです。
 それが、この2005年2月は、誤送信も含めてですが103通。さらに3月(つまり今月)はまだ一週間ですでに98通。にわかに活況を呈してきました。これが一過性のものにならないよう、私も大いに発言し(それ以上に肝心の「作品」をアップしなければいけませんが)、メンバーそれぞれに有益に利用され、短説の発展の場になればいいと願っています。
 
 さて、このところのやりとりで、短説(ならびに短説の会)について、いろいろ重要な意見や問題提起が出されました。それらは今このブログで公開するようなことではありませんし、問題も錯綜していますから、今はML内だけでの話に留めておきますが、一点だけ、これは月刊「短説」でも活字になる予定ですし、元々このブログに書いたことが発端になっている話なので、次にアップします。
 
短説メーリングリスト(ML)座会のご案内
ML座会への作品投稿の仕方/見本
Yahoo!グループ〔短説ML座会〕トップページ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年1月15日 (土)

短説作品公開の基準

 さて、それではそろそろ短説の実際の作品をアップしていこうと思いますが、その前に公開基準をば。
 
 基本的な姿勢は、紙媒体である月刊「短説」の編集と何ら変わりはありません。現在、月刊誌は編集輪番制がとられていて、講師格の同人が交代で各号の編集を担当しています。そのオンライン版が〈公式サイト〉であるわけですが、このブログもその延長線上にあります。というより、公式サイトを補完するものであり、内容的には重複してきますので、むしろ別バージョンと考えていただいた方がいいかもしれません。
 したがって、対象となる作品は、月刊「短説」ですでに公にされているすべての作品ということになります。しかし実際には、これらの中には(特に初期の号には)推敲が経られていないものや、見直しが必要だと考えられるものもありますので、一応は決定稿(だと考えられる)もののみに限定します。ですので、各座会で発表され、雑誌未掲載の作品は除外されます。
 これらの措置は、要するに編集サイドの都合で、作者への許諾を省略するためのものです。ご了承ください。しかし逆に言うと、作者へのコンタクトが容易にできる場合は、例外もあり得るということです。このブログに関しては、もう少し自由な立場で、実験的な試みにもチャレンジしていきたいと考えています。
 
 それで実際問題としては、私の作業上の都合で、最初はすでに公式サイトにアップされている作品が中心になります。しかしこれだけではすぐにネタが尽きます。過去に遡らなくとも、月々相当数の短説が生まれていますので、作品自体のネタは尽きないのですが、要するに入力が追いつかないのです。
 そこで、誠に勝手ながら、上記+私の個人サイト用に入力済のテキストを流用させていただきます。ということは、必然的に西山正義・向山葉子作品が多くアップされ、不公平な感もありますが、編集長の特権ということでお許しください。その点が公式サイトと若干異なるところです。
 
 では、次回は実作を。
 その記念すべき初回公開作品は――。
 実は、現在ネット上では、あろうことか短説の提唱者である芦原修二先生の作品が読めません。公式サイトでは、近々「芦原修二作品コーナー」を増設する予定ですが、如何せんソースの入力がまだです。ようやく一作入力しましたので、第一弾作品として、サイトに先立ちまずブログで公開します。お楽しみに。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年1月12日 (水)

短説への招待

短説への招待/芦原修二
 
 400字詰原稿用紙2枚の散文作品 ― これが『短説』の定義です。この2枚の中には、題名と作者名を書くスペース4行分も含まれていますから、実質上の本文の長さは、20字詰で36行になります。この範囲で小説を書こうという試みです。
 つまり『短説』は「極端に短い短篇小説」といってよいでしょう。しかし、一般的な概念からいえば、これを小説とするには、あまりにも短かすぎてなじみません。それゆえ私達は、これに『短説』という名を与えました。
 この分野に近いものに、「ショートショート」がありますが、それよりも『短説』はいっそう短く、かつ内容的にも、ショートショートの概念とは異質の性格を持つ文学です。
 『短説』の散文芸術における位置は、韻文芸術における『俳句』のようなものだとご理解いただければ、そののぞまれている姿が、鮮明に見えるように思われます。
 実際上も『短説』は俳句から多くのものを学びました。たとえば『短説』を発表する一つの場であり、また合評の場でもある「座会」は、俳句会に範をとったものです。異なるのは、俳句会における清記作業に対し、短説座会ではパソコン(ワープロ)やコピーを用いていることです。
 『短説』は、昭和60年(1985)に生れた、まったく新しいものですが、その本質は日本の伝統文学につらなっています。たとえばその原形は、古典なら『今昔物語』や『伊勢物語』。近、現代文学なら柳田國男の『遠野物語』や、稲垣足穂の『一千一秒物語』といった作品に見出すことができます。つまり『短説』は、いたずらに新奇をねらって始められた文芸ではなく、伝統を引き継ぎ、発展したものなのです。
 原稿用紙2枚というきわめて限られた長さ。日本文学の伝統を自ら背負いこんだ形式 ― いいかえれば、『短説』は、もっとも自由であることを謳歌してきた「小説」という散文芸術に、手かせ、足かせをはめた文学として出発しました。しかし、それゆえにこそ、この『短説』には大きなエネルーギーが集約でき、人間を、宇宙を包み込んで、無限に深く、重くなり得るのだとも予感されます。
 この予感に共感していただけるか否か。それは、『短説』をつくり、あるいは読まれて、そこに何を見いだせるかにかかっているように思われます。
 
 平成13年(2001)には、短説発足15周年を記念する全国大会を開催しました。
 この15年間に得たものはいろいろありますが、何よりも特記したいのは、小説のシステムを「私とは何か、私をとりまく世界とは何かを認識する方法」と考え、これを一部専門家の独占から「だれものもの」に奪還したことでしょう。
 この機会にあなたもこの新しい文学創造にご参加ください。

Copyright (C) 1987-2005 ASHIHARA Shuji. All rights reserved.
パンフレット『短説への招待』(「短説」平成14年9月号再録)より転載。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年1月11日 (火)

短説とは何か

 未知の読者のために、まずは短説の定義を。
 ホームページ「西向の山」でご案内している「短説とは何か」を、若干補筆の上、転載します。
 
 短説[tansetsu]は、1960年代から詩人・作家として活躍していた芦原修二氏の提唱により、昭和60年(1985)に生まれた文学運動です。
 その定義は、一口で言えば、400字詰原稿用紙2枚で書く散文作品−ということに尽きます。
 詳しくは、次回紹介する、芦原修二氏の「短説への招待」を参照していただきたいのですが、そこにはこう書かれています。
「この2枚の中には、題名と作者名を書くスペース4行分も含まれていますから、実質上の本文の長さは、20字詰で36行になります。この範囲で小説を書こうというのです」
 具体的には、
1行目に題名、
2行目は空欄、
(1行では収まらないタイトルや副題がある場合は2行に渡っても可)
3行目に作者名、
4行目は空欄にし、
5行目から本文を書き始めるということになります。
 
 短説の会の公式サイトや「西向の山」にアップされている作品を見ていただければ、原稿用紙のような枡目はついていませんが、その形が視覚的にもお分かりいただけるでしょう。
 特筆すべきことは、1文字でもオーバーしてはいけないということです。
 ただし、改行等の関係で、720文字フルに使わなければいけないということではありません。文字数というより、20字詰における行数が問題なのです。
 最終行まで書き込んで、過不足なく、そこでぴたっと終わっているのが望ましい形といえます。
 つまり、定型の散文なのです。
 
 小説は、特にその方法論において、20世紀に飛躍的に発展しました。それは、人間の認識方法と、人間とそれを取り巻く社会の理解を飛躍的に拡大したのでした。20世紀の芸術・文化は、小説がリードしたといえます。
 しかし、1950〜60年代のいわゆるヌーボー・ロマンを一方の極として、一方では、かつては斬新だった描写方法(つまり新しい認識方法)も、やがては末端まで広がり、通俗化してゆき、80年代に入った頃には行き詰まりつつありました。
 それは、作家や作品そのものだけの問題ではありませんでしたが、短説は、そんな閉塞した文学を取り巻く状況に新たな地平を拓くべく、21世紀を見据え、かつ日本文学の伝統を踏まえたものとして発案されました。
 
 なぜ、定型なのか。なぜ、2枚でなければいけないのか。
 また、2枚というその単位となる1枚が、20字×20行の書式でなければいけないのか。
 それにはまだまだ議論の余地があるかもしれませんが、少なくとも実作者の立場においては、多くの短説作家が、そこから抜き差しならぬ何物をかを得ているという事実があります。それは文学の営為そのものとしか言いようがないものです。
 
 昭和60年9月28日、東京神保町で第1回目の〈座会〉が開かれて以来、その運動は各地に広がり、平成6年度版の『現代用語の基礎知識』(自由国民社)以降、同書に「短説」という項目が立項されるまでになりました。
 
 現在、月1回定期的に開かれている座会が、東京、埼玉、千葉、大阪に各1つ、茨城に2つ、郵便による通信座会、メーリングリストを利用したML座会と、計8つあります。
 また、機関誌である月刊『短説』は、平成16年12月号で通巻231号を数え、単行本として、『年鑑短説集』が6冊、同人の短説集『短説双書』が8冊刊行されています。
 さらに、連説、英文短説、短説のフランス語訳、短説劇、短説絵本、マンガ短説等、さまざまな実験が試みられています。
 
 というわけで、あなたも書いてみませんか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)