2009年11月 9日 (月)

〈短説の会〉公式サイト移転

 11月5日から6日にかけて、〈短説の会〉公式サイトのサーバーとして、Lycos Japan/Tripodから引き続き利用してきたinfoseek/iswebのホームページの仕様が変わり(最上部に余計な検索バーが追加された)、Internet Explorer 8で閲覧すると、レイアウトがとんでもなく崩れることになりました。Firefoxではこの現象は見られませんが、当サイトに限ったことではないようです。
 それで、急遽サーバーを乗り換えました。当面は併存させますのでどちらでも構いませんが、レイアウトが崩れるようなら、↓でご覧ください。
〈短説の会〉Official Web Site
移転先URL:http://tansetsu.aikotoba.jp/

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2009年10月21日 (水)

「短説」休刊のお知らせ

(遅ればせながら、重大な発表をブログにもアップします)
 
■雑誌としての体裁を整えた月刊『短説』は、昭和62年(1987)2月に行われた座会の「作品綴り」を冊子にまとめ、3月号と表示したのに始まります。その際、第1回から17回までの座会の各「作品綴り」と、それとは別に発行した季刊『短説』2冊をあわせて、通巻20号としました。以後月刊化したのが今日の月刊『短説』でした。
■以来、22年間、発行が大幅に遅れたり、合併号になることはあっても、休むことなく発行し続けてきました。その時々に応じて、同人の何人かが編集や校正に加わったり、平成15年の7月号以降は数人の同人による編集担当制度を導入してきましたが、発刊以来常に最終的な編集作業は芦原修二氏の双肩にかかっていました。それどころか、発送等の雑務まで一手に。
■その限界についに突き当りました。芦原修二氏の健康上の問題です。平成21年7月21日付けで、芦原修二氏より全会員に向けて、短説の会として印刷物制作の中止が発表されました。現時点で月刊『短説』は、平成21年3月号(通巻281号)でその発行がストップしています。(4月号はゲラ刷りまで完成。6月号の年鑑特集号も編集作業は進んでいましたが……)
■しかし、もともと月刊『短説』は、座会(それも東京座会)の「作品綴り」でした。各人から提出されるB5版一枚一枚の束。それに三位選と座会要約。たとえ雑誌の形はしていなくとも、現在も存続している各座会の毎月の「作品綴り」がある限り、それで良しとも考えられます。時代も変わり、現在ではインターネットというツールもあります。むしろ原点に戻ったと思えば。

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2009年10月 3日 (土)

川嶋杏子さんご逝去

 人は誰もが死ぬ。そしてその日はいつ来るかわからない。それが明日であってもおかしくはないのだ。そうは理解していても、死はいつでも突然だ。
 ショックで、言葉がありません。芦原さんも「慟哭と言うべきでしょうか」と嘆く。
 十月一日の夜、短説の会代表の芦原修二氏より、件名に「訃報」とただ二文字あるメールが届きました。それを以下にそのまま転載させていただきます。
--------------------
上尾座会川嶋杏子様のこと
 
 上尾座会の宮禮子様より本日朝、速達をいただきました。
 上尾座会の同人川嶋杏子様の訃報を伝えるお手紙でした。お手紙の内容をそのまま転記し皆様にお知らせいたします。
 
前略 ごめんください
突然このようなお手紙をさしあげますのは私たちにとって悲しく悔しく残念なことでございます
 川嶋杏子(川嶋文代)さんが九月二十四日
      お亡くなりになりました
 昨二十九日 告別式でした
 故人のご遺志だそうでして無宗教の式でした 音楽とお花でお見送りいたしました
九月の連休の終わりの日に村上さんより電話がありました 川嶋さんのお嬢さんから
「しばらく休みます」と電話があったそうです
「ゆっくり休んでまた出席して下さるといいわね」
二人で案じつつ一縷の望みを託しました
その翌日の夜の訃報でした
昨年の夏手術を受けられたようですが くわしいことはお話しになりませんでした
  ただスリムな体型がますます痩せられるのを皆で案じて居りました
六月の座会が最後でした
きっとまだ書いておきたいことがあったはずよと誰からともなく出ました
それを秘めたまま 逝ってしまわれたことが 私たちにとって残念でなりません
葬儀の日程や場所の連絡をいただくのに少し手間どりまして先生へのご連絡が報告になってしまいましたこと お詫びいたします
  九月三十日         上尾座会 宮禮子
 芦原修二 先生
 
 以上の通りです。まことに残念です。私もご葬儀には参列したいと思いましたが事情を理解し、納得いたしました。川嶋さんの近作にはまことに心打たれるものがあって、傑作ぞろいと感じておりました。折から私も体調をこわしておりまして、生前お目にかかれるチャンスを逃しておりましたこと、本当に申しわけなく残念に思います。
 ご冥福を心からお祈りもうしあげます。
 
 ここで6月の上尾座会に出されていた川嶋さんの最後の作品をご紹介します。
 
   
 
             川嶋 杏子
 
 むつき、きさらぎ、やよい、うづき、さつ
き、みなつき、ふみつき、はつき、せふてん
ばー、のべんばー……
 海には鍵がかかっていた。有刺鉄線の向こ
うは防風林だ。昔、この防風林で友人を見失
った。男性だった。恋人だったかもしれない。
それきり彼は見つからない。防風林は結構深
く、なかなか海辺へ辿りつけない。
 波の音だけが聞える丈の低い松林。ふと気
づいた。彼を見失ったのではない。ここで、
彼と別れたのだ。
 何故だったろう。親が反対したか。どちら
かが不実を働いたか。一方的にふられたのだ
ったか。最後が一番当たっているように思え
た。何年か経ち彼を訪ねた時、彼はすでに結
婚していた。
 昔貰ったラブレターを思い出す。
「一生妻と思うって言ったじゃない」でもそ
れはおかしい。もし恋して結婚するなら、そ
んな書き方はしない。妻と思うも何も「妻」
なのだから。結婚出来なくても、という意味
だったのか。それは男の逃げ口上か、或いは
本当のロマンであったか。
 こんなふうに、思いも記憶もささらほさら
になってしまっては。もう生きている価値も
無いような気になる。
 宣告されたわけでもなかったけれど、「も
う死ぬから」と会いに行けばいいのか。
 昔会いに行った時、彼にはもう子が生まれ
ていた。女の子で、彼の名の一字をとった名
で呼ばれていた。
 彼の名が思い出せない。この酸素マスク、
はずしてちょうだい。
 最後に貰ったラブレターは、最後の方が英
語になってしまって意味が分からなかった…
おくとーバー、でぃせんばー……
 
 
 以上です。最後の作品を読んでの感想をきいていただきたかった。私はその月の座会が休みで、お目にかかれなかったのはまことに残念。しかしこの作品、記憶の彼方へ行方不明にになっていく人生の思い出が、ユーモアと重ねて見事に描き出されていて、なんとも見事なものです。川嶋さん、貴女の人生「じつにすばらしいものでしたね」……私どもは心がけて、御作品の集成を試み、発行したいと考えています。いましばらく時間をください。
   芦原 修二 拝

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2009年1月27日 (火)

相生葉留実さんご逝去

 短説の会の皆様に、また悲しいお知らせをしなければならなくなりました。
 詩人で短説の創立同人でもある相生葉留実さんが、本日午前4時15分にご逝去されました。癌だったそうです。病院に入院されたのは今年になってからのようです。
 旦那様も詩人の村嶋正浩氏で、ともに詩誌『鰐組』に参加されていました。日本現代詩人会会員。句誌『翡翠』の同人でもあり、詩集に『日常語の稽古』『紅葉家族』がありました。
 芦原修二氏とはおそらく1970年代の『海とユリ』あるいはそれ以前からの交流で、短説の創立に参画。昭和62年7月発行の年鑑短説集の第一集『旅のはじまり』にも「突如発声症」を発表されています。以後、詩を書く傍らの断続的な参加でしたが、平成6年に発足した東葛座会にはコンスタントに参加。現在に続く年鑑特集号の第一号(『短説』平成11年5月号)では「平成十年の収穫・ことしの代表作」として、「自転車の人」が10傑選に選ばれています。
 当時の東葛座会は非常にレベルが高かった(作品もそうですが、その合評の質が高かった)のですが、それは相生さんのような方がいらしたお陰でもあるのでした。一昨年、昨年の年鑑特集号での、一年間のすべての作品を読んでの大批評は圧巻でした。ご本人は短説の実作からは離れてしまわれましたが、短説への愛情と期待を感じました。今年もまた楽しみにしていたのですが……。
 かつて短説の初期には詩人が多く参加していましたが、みな離れてしまった今では、短説の言語表現という点で何か物足りなさを感じています。短説にはやはりもっと詩人の視点・感性・言語感覚が必要なのではないかと思うことがあります。本当に惜しい人を亡くしました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 ――合掌

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2009年1月26日 (月)

年鑑三位選&自選作

 今年も短説の年鑑アンケートの季節がやってきました。すなわち「平成20年度10傑選ならびに自選用紙」の提出です。
 昨年の後半からまた雑誌の発行ペースが遅れがちになっていて、もう一月の下旬だというのにいまだ12月号が出ていません。これについては土曜日の深夜に校正を本部に送りましたので、順次責了し、印刷・発送に回るでしょうが、皆さんのお手元に届くのは二月になってしまうかもしれません。
 それで、例年12月号に折り込んでいる年鑑アンケートも遅れることになりますので、締め切りをひと月延ばし、三月末日としました。
 が、もう十年(今年でちょうど丸十年)続く年中行事なので、用紙が届かなくてもそのつもりで準備しておいてください。このブログの過去の「お知らせ」を辿るとわかりますが、二年前も一年前も同じことを言っています。もう繰り返しません。
 
 ひとつだけ書き添えると、自選作については、集計用紙の送り先(すだとしお同人)へプリントを「郵送」すると同時に、公式サイト編集長すなわち西山正義に「メール」でデータを送ってください。他選集はすでに雑誌に掲載されている作品になるわけですから、本部にデータが集積されています。それを流用すれば新たに入力する必要はありませんが、自選は未掲載も含まれますので、西山がとりまとめます。
 ML登録者をはじめこのブログを自身のパソコンで見ている方は、インターネットに接続されているはずですから、全員この方法で送ってください。データ添付でも、メール本文にコピー&ペーストどちらでも構いません。各座会でほかにもメールが繋がる方がいたらそうお伝えください。
 手書きの人を除いてもともと短説は各人データで持っているはずで、それを流用・共有しないのはまったく莫迦らしいです。短説の会は世の中から相当に遅れていますが、それでも実際にはもっともっとメールが繋がる人がいるはずなのです。雑誌の発行は発送などの雑務まで芦原修二さんにおんぶにだっこなんだから、そのぐらい協力しろよ!と声を大にして言わせていただきます。

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2009年1月 7日 (水)

原稿募集【横山とよ子さんの世界を語り論じる】

 本日は七草粥の日でした。皆さん食しましたか。正月気分もここまでで、明日から学校も始まります。

 さて、短説の会からのお知らせです。月刊『短説』11月号の折り込みを転載します。
 
 原稿募集――横山とよ子さんの世界を語り論じる――
 
 横山とよ子さんが作品集『すみつかれ』を残して逝かれ、早くも三年である。その特集を考え、いろいろ思索してみた。そして結局あたらしい視点で作品を書いてもらい、それをもって特集を組もうと決心した。皆さまのご参加をお願いする。
 
1)作 品  横山さんの作品世界に通うような短説作品
2)論 文  横山さんの作品世界に論じる評論
3)自 由  横山さんの世界に触発された自由な作品*
*自由作では長さと形式が短説に準じながら発想と表現が超常識の作品を期待する。
 
締 切 平成21年2月末日 短説の会本部必着
      芦原修二

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2008年9月 7日 (日)

短説のWEB公開作品を再検討

 短説の公式サイトにアップしている(またその予定の)作品リストを、エクセルの表に整理してみた。現在、公式サイトには芦原修二氏の作品を除いて、平成18年までに発表された全100作品が公開されている。
 年代にややばらつきがあるので当初の編集方針を見直し、100作の区切りを、昭和60年9月から平成17年8月まで、西暦で言えば1985年~2005年までの、満20年間とし、つまり現行よりこの期間の作品を8作追加することにした。
 また、今まで、このブログでは、短説の会に現役で参加しているかそれに準ずる同人・会員の作品のみに限定してきたが、それも見直し、公式サイトにアップしている往年の傑作もいくつか紹介していこうと思う。
 別にネタが尽きたわけではない。毎月『短説』の月刊誌に掲載される作品だけでも、少ない時で13~15作、現在は19作までその枠が拡大されている。それらをすべてネット上でも公開すれば、三日に一度アップしても追い付かない。
 古い作品も入れようというのは、要はバランスとバラエティ。

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2008年3月20日 (木)

月刊『短説』三月号の編集

 何も予定がない休日というのは嬉しいものだ。昨夜、久しぶりに夜更かし、昼近くに起きた。あたかも雨である。予定がないといっても、やらなければならないことは溜まっている。こんな日にこそ集中してやるべきなのだが、どうもその気が起こらない。

 月刊『短説』三月号の編集が、確定申告の終盤までずれ込んでしまった。今年から新たに八名が同人に昇格したのに伴い、新年度の変則編集、二月号の過渡的編集を経て、西山編集の三月号から新体裁となり、収録作品が増える。ページ数は変わらないので、これ以上は無理だろうというぐらい圧縮されている。

 編集者にとって頭が痛いのは、入力作品が増えることで、三分の二で作業がストップしてしまった。理由は二つあって、一つは、いやむしろこれが主な理由であったのだが、しばらく短説を書いていなかった。収録の余地は十分あった。編集者の特権で、座会未発表作を挿入させてもらいたかったのだ。

 そんな個人的我儘で作品原稿の編集が遅れ、ともかく作品だけでも入力データを送っておいて、確定申告をし、それから座会要約をまとめ、編集後記と併せて本部に送稿した。入れ替わりに早くもゲラが届いた。校正したのは十五日である。すでに発行日より五日遅れている。

 このブログも一ト月更新していなかった。ものを書くエスキースにしたいのだが……。もう一つのブログに至っては、今月中に新規投稿をしないとアカウントが削除されてしまう。個人的なメモであり、誰も見てはしないので、それならそれでもいいわけなのだが。

 ソフトボールの始動が今年は早く、すでに本格的に活動している。今週の日曜から春季大会が始まる。

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2008年1月17日 (木)

芦原修二さんの「短説逍遥」

 短説の会の公式サイトを更新しました。久しぶりに新規のページを追加。芦原修二さんの「短説逍遥」(36/37)と(42/43)です。
 芦原さんの短説作品論「短説逍遥」は、月刊『短説』の扉に、平成十年の四月号から連載が始まり、時折別の記事が挟まることもあるが、現在も続いているコラムです。平成二十年新年号現在で(77)回の連載を数えます。
 そのうち、公式サイトでは、そこで論及されている作品が公開されているものについて、漸次アップしています。
 今回の(36/37)回目は、すでに退会している会員の作品ですが、作品も評論も名作なのでアップしました。いい作品というのは、いい評論を生むものです。(42/43)回目の作品は、短説年鑑で平成十四年の代表作として「天」位、つまり第一位に選出された作品で、その後数々の傑作を生むことになる作者の転機ともなった作品ではないでしょうか。素晴らしい作品ですが、私は個人的に身につまされ、胸が痛くなります。

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2007年11月19日 (月)

久しぶりに公式サイトを更新

Ts2a0488 先週ようやく月刊『短説』11月号の編集を終え、本部に送稿した。今日は五か月ぶりに公式サイトを更新した。

 懸案だった新同人推挙の通知も届いた。公式サイトにもアップした通り、新たに十一名の会員が同人に推挙されている。同時に、現時点の同人名簿も添付されており、これで会の構成が正式にわかって良かった。
 
 関西座会のブログを発見した。まだ手探り状態のようだが、今後の展開が楽しみである。

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より以前の記事一覧