短説集1996〜2000

2014年5月17日 (土)

短説「本を売る」西山正義

   本を売る

            
西山 正義

 文芸同人誌の展示即売会をやるというので、
僕は会を代表して自分たちの雑誌を売りに来
た。久し振りの横浜。潮の香りが懐かしい。
 このイベントは今回で二回目。参加団体が
だいぶ減ってしまった。特に純文学系(この
何々系という言い方は好きではないが)の若
手が主宰する同人誌は、ほとんど僕らが唯一
になってしまった。
 ところで、通路を挟んだテーブルの向こう。
斜め向かいにさっきから気になる女の子がい
る。向こうでもこちらが気になるようで、何
度か目が合う。最近見掛けなくなってしまっ
た昔風の美少女。ストレートの長い髪、端正
な顔立ちに、メガネが良く似合っている。
 しかし、相棒が急に来られなくなってしま
い、僕は持ち場をあまり離れられない。それ
に、会場にはもちろん若い人もたくさんいる
のだが、純文学を書く若手は珍しいらしく、
前回顔見知りになった人たちや、隣合わせた
同人誌の人たちといろいろ話をしていて、彼
女の所へはついに行けなかった。
 ところが、帰りのエレベーターで一緒にな
ったのをきっかけに、お茶でも飲みませんか
ということになって、彼女と今ここにいる。
 彼女の本を買う。個人作品集である。内容
は目録で調べてあった。「私もあなたの買い
たいのですが」「いいよ、あげる」「それじ
ゃあ悪いわ」「いいよけっこう売れたから」
 そんなわけで、僕はさっきから盛んに〈文
学〉の話を彼女にしているのだが、要するに、
「これからランドマークタワーにでも行って
みませんか」ということが言いたいのだ。
「僕も中上健次は好きで」などという台詞で
ナンパする奴がどこにいるだろかと、我れな
がら呆れてしまうが、そんな人種だから貴重
な休日にこんな所に来ているのだろう。


〔発表:平成8(1996)年10月第32回東葛座会/初出:「短説」1996年12月号/再録:「西向の山」upload:2009.12.28/「縦書き文庫」upload:2011.9.9〕
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2011年9月14日 (水)

短説「コクワガタ」向山葉子

   コクワガタ

            
向山 葉子

 部屋の隅の虫籠の中で密やかな音がする。
娘が道端で拾い上げた、小さなクワガタ。尻
に傷がある。メスは近くで死んでいたという。
そっとのぞいてみる。蜜に顔をつっこんで、
懸命に吸っている。満足すると、のそのそと
立てかけられた棒によじ登っていく。蓋を開
けたら、飛んでいくかもしれない。蓋をそっ
と持ち上げる。が、彼は電灯に脅かされて、
棒をあとずさって、暗がりへと身を隠そうと
している。他には誰もいない籠。ひとりぼっ
ちの土の中へ。
 生殖の道を遮られて、四角い世界の中に存
在する一匹の虫。彼は時にそのとげとげした
足で腹を掻く。甲虫に痒みがあるのかは知ら
ない。あるとしたら、痛みもまたあるのだろ
うか。傷を受けた時、彼は身をよじったろう
か。虫の痒み、虫の痛み、虫の悲しみ、虫の
喜び、虫の悩み。抽象的で現実味がないのを
いいことに、誰も気づかないふりをしている
だけなのかもしれない。
 小さな息子が、虫を弄んでいる。その指が
虫の怒りに触れる。はずみで虫は解き放たれ
る。虫の僥倖。その固い殻から羽を広げて、
飛び立つがいい。私の籠にいたコクワガタの
遺伝子を、次の世代に手渡すがいい。
 翌日、息子がまた庭でコクワガタを見いだ
した。尻に傷。つまみ上げた虫を夫に見せる。
夫は、受け取って、陽に透かしてみる。虫は
足を懸命に動かしている。
 いま、私の部屋の隅に虫籠はない。夫の部
屋でかさこそとささやかな生を営んでいる。
腐葉土を敷きつめられ、蜜をもらい、霧吹き
で水を与えられて。私の部屋にいた時よりも、
もっと居心地のいい籠。独り身の虫、男やも
めの虫。この虫に、夫は愛着を持ちはじめた
ようだ。


〔発表:平成10年(1998)10月第39回通信座会/初出:1999年8月「日&月」第7号/再録:「西向の山」upload:2005.4.8〕
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2010年3月 9日 (火)

短説「ミルクココア」小滝英史

   ミルクココア

            
小滝 英史

 モコちゃん、そんなに笑ってはいけないよ。
あまり笑いすぎると泣いてるみたいだから。
僕の胸は苦しい。
「――そうよ。悲しすぎて泪も出なかったわ」
 モコちゃんの透き通った声。アパートの前
の空き地で野球をする子どもたちの歓声が連
れ去ってしまう。毎日がじりじりと暑かった。
冷蔵庫もない一間っきりのアパート。夕風に
やっと生き返るような生活。冷たいものは自
動販売器。でもあまり陽差しが強いと、外に
いくのがおそろしい。貧乏は恐ろしい。そん
なとき、モコちゃんはあまーいミルクココア
を作る。沸騰したては熱くて飲めないからと、
把手のついた鍋を、水を溜めたボールに浸け、
水道を細くして冷やすことにしたんだっけね。
僕は早く飲みたくて、台所へいってようすを
見る。そして冷め具合を見るんだけど、生ぬ
るい水道水じゃなかなか冷えない。それで、
つい蛇口をゆるめてしまう。すると、増した
水の浮力で小さな鍋は荒波の上の漂流ボート
のようにゆらゆらとなって、水道の水が鍋に
入ってしまう。するとモコちゃんは「駄目ね」
といいながら鍋の位置を戻す。が一度バラン
スを失った鍋はモコちゃんの手をすり抜け、
さらに傾いてボールの水が縁から入ってしま
う。こんなに水が入ったら、せっかくの甘い
ミルクココアも水っぽくて飲めやしない。そ
れじゃ、というので、床に置いて自然に冷め
るのを待つことにする。が、床に置いたとた
ん、僕の足が、赤い糸に絡みつかれたように
鍋の把手を蹴り、その弾みで回転した鍋を掴
もうとして伸ばしたモコちやんの手が、ズボ
ッとミルクココアの中に嵌まりこむ。そのま
ま鍋は倒れ、とうとうミルクココアは、全部
床の上にこぼれてしまった――。
 そしてモコちゃん、笑ったんだっけね。


〔発表:平成10年(1998)6月東京座会/初出:「短説」1998年8月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.5.6〕
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2009年12月24日 (木)

短説:作品「三角クジ」(糸井幸子)

   三角クジ
 
            
糸井 幸子
 
  あれは確か、三年前の暮れだ。
 洋子は、夫の達夫と一緒に冷蔵庫を買いに
行った。買物を済ませ、洋子が急いで帰ろう
とすると、達夫は、貰った券で三角クジを引
いて来ると引き返した。
「賞品だってよ」
 葉書より少し大きめの白い封筒をブラブラ
させながら戻って来た。
「なあに?」
 中を覗くと、スポンジの板が入っている。
「なにかしら?」
 引っぱり出してみると、紺の絣を着た忍者
が出てきた。体はきせかえ人形のようにバラ
バラに刷られている。胴体、顔、頭、チョン
マゲ、腕、手甲と黒いはばき、それに、直径
三センチ程の葉っぱが二つ。いずれも切り抜
くようになっていた。
「そんなの、捨てちゃえば」
 しかし達夫は、洋子の目を盗むようにして、
ポケットヘ突っ込んだ。
 夕飯を済ませると、達夫は、白い封筒から
スポンジ板を取り出し、忍者の切り抜きを始
めた。切り離しては組み立てていく。
 達夫の家の風呂に忍者が住みついたのはそ
の晩からだ。
 達夫の後の風呂に入るたび、忍者は交通整
理のおまわりさんよろしく腕を上げたり下げ
たりしている。そして今夜は、葉っぱに乗り、
湯舟の中に浮かんでいた。洋子は達夫の幼稚
さに呆れた。
 湯を汲もうとした時、ポロッと忍者の手が
落ちた。拾い上げると、一文字に結んだ口元、
大きく見開いた目、瞳を中心に寄せた忍者が、
洋子に笑いかけた。
 八歳のとき交通事故で死んだ息子は、叱ら
れると、よくこんな表情をしておどけた。

発表:平成9年(1997)12月藤代木曜座会/初出:「短説」1998年2月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作「我」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.2.18〕
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2009年2月21日 (土)

短説:作品「初めの一歩」(館としお)

   初めの一歩
 
            
館 としお
 
 昨年度の業績の分析が終わったと思ってキ
ーボードから手を離した時、目の前に見えた
のは天井の蛍光灯だ。目を下に向けると書類
が立て掛けられた八人分の机が見える。私の
机はニメートル位の高さにあって、頭が天井
に当たりそうだ。
 ワープロの電源コードは一メートル半位だ
ったが、コンセントは外れていないのか、私
が作った報告書の一部が写っている。
 夢だと思って頬をつねったら痛い。何が起
こったのか分からなくなった。今日の朝食は
いつものと同じ、パンとコーヒー、それにト
マトとレタス、チーズを一切れだった。
 体を少し持ち上げて椅子の上に落としてみ
たが、体は少ししか上げられなかった。椅子
と机は少しだけ上下に揺れたが、高さは変わ
らなかった。
 次に体を左右に揺すった。椅子と机も左右
に揺れた。体を止めると椅子と机も止まった
が、高さは変わらなかった。私は数分間その
ままの状態でいた。
 周りを見回しても、誰もいなかった。誰か
が来たら降ろして貰おうと思ったが、誰も現
れる様子はない。八人の部下は皆出払って、
いつ帰って来るのかは分からない。私一人に
なってしまった。
 しばらくそのままにしていたが、このまま
では仕方がないので、椅子から離れて歩くこ
とにした。初めの一歩をそっと踏み出すと、
空中に浮かんで足が止まった。そのままもう
一歩歩いた。また浮かんで止まった。私はそ
のまま歩いて部屋から出た。
 部屋を出てから気づいたことだが、伺じ高
さを歩いている人が他にもいた。皆普通に歩
いている。私は今でも慣れないので、一歩ず
つ踏み締めて歩いている。


〔発表:平成8年(1996)5月通信座会/初出:「短説」1996年7月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2005.4.20〕
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2008年10月13日 (月)

短説:作品「女ひとり」(桂千香)

   女ひとり
 
             
桂 千香
 
 女が引っ越してきたのは二月の終わり頃、
小春日和の日曜だった。引っ越し業者の一〇
トントラックから数え切れない程の箱が流れ
出している。
「ねえ、あなた。隣、越してきたみたいよ。
すっごい荷物。何人家族かしら。タカシに新
しいお友達ができたらいいわね」
 ゆうこは、そうつぶやきながらカーテンの
隙間から様子をじっと窺っている。夕方、イ
ンターホーンが鳴った。「そらきた。引っ越
しのご挨拶よ!」ゆうこはインターホーンに
映る見知らぬ女に、「はい、どちら様でしょ
うか」と静かな調子で言った。
 細身の女だった。ゆうこと同じ三十半ば位
だろう。長い髪を一つにまとめ酒落たバンダ
ナで結んでいる。人なつっこい笑顔で女は、
よろしくと言って台所用洗剤を差し出した。
 扉を閉めるなりゆうこは言った。
「普通、旦那と一緒に挨拶に来るものよね。
いいえ一人ってことはないわ。だってベラン
ダに黒のゴルフバッグが立てかけてあるもの。
やだ人聞きの悪いこと言わないで。首をちょ
っと出すと見えちゃうんだもの」
 一ヶ月が過ぎた。ゆうこはせわしなく爪を
噛みながら言った。「ねえ、あれから隣の人
見たことある? おかしいのよ。ベランダに
一度も洗濯物干してないの。いいえ、いるは
ずよ。新聞も郵便も毎日とってあるもの。な
のにドアの音も掃除機の音も聞こえないの」
そして、またそろそろと暗がりのベランダに
出て隣をこっそり覗き見た。明かりは点って
いるが物音ひとつしない。
 ゆうこは諦めて部屋に戻った。明かりもつ
いていないがらんとした部屋に一人、肩をす
くめてつぶやいた。
「ねえ、あなた。変わった人もいるものね」

発表:平成10年(1998)5月通信座会/初出:「短説」1998年8月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作「我」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2004.2.18〕
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2007年6月 7日 (木)

短説:作品「ツチノエネヤ」(吉田龍星)

   ツチノエネヤ
 
            
吉田 龍星
 
 ツチノエネヤヘ行く山道は曲がりくねって
おり、入口には厳重に柵をほどこしてある。
 十四歳になった少年が、一度だけ、独りで
入り、一夜を過ごす習わしがある。
 その日が何時だなんていう取り決めは全く
ない。明け方、カミノミコの封印をしたナタ
が、家の戸口に置いてあると、少年は、直ち
に全身を洗い清め新しい服に着替えたうえ、
顔に面をつける。そして、ナタを持ち、村は
ずれにある細い入口をめざすのだ。たいてい
次の日の午後には戻ってくるが、前の晩の出
来事を話すことはない。勿論、ツチノエネヤ
がどんな所かも、話してはいけない決まりだ
から、少年たちは想像するのみである。
 
「サンチャの所、一昨日だったんだつて」
 ノボルが息を荒くしながら、タムヤの耳元
に囁く。村の広場の一角。女たちが小さい子
の面倒を見ながら共同で家事をしている。
「どうりで、ここに来なくなったものな」
 タムヤは、粉ひきの手伝いを終えると、は
んの木の手頃な枝に登り、女たちの動作を眺
めていた。最近は、言いつけられた仕事が終
わると、殆どこうしている。小さい女の子の
遊び相手もつまらないし、女たちのヒソヒソ
話や秘めやかな笑い声が酷く耳障りだった。
そのうえ、香の混じった匂いは、男たちが酌
み交わす酒に比べ、妙にくすぐったかった。
「おまえも誕生日、終わったんだろう。そろ
そろ、あそこへ行く番じゃないのか」
 ノボルは、顔をニヤつかせてタムヤの太股
を掴む。兄たちに何か聞いてるんだろうか。
「やめろよ。気持ち悪いな」
 タムヤは手を払いのけると、一段高い枝に
飛び移り、ツチノエネヤがあるという淡い緑
に包まれた山の頂を見つめた。

発表:平成10年(1998)7月藤代日曜座会/初出:「短説」1998年9月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*1998年の代表作選出作品〕/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.11.21〕
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2007年2月10日 (土)

短説:作品「川下り」(米岡元子)

   川下り
 
            
米岡 元子
 
「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
 少し離れたところで夫は鼻唄混じりだ。
「ねえったら」
「ああ、わかってるよ。さっきから風が強く
なったんだ」
 夫はゴルフバックを二、三本乗せていて、
パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃあ駄目かしら」
 私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、まてよ。その前にクラブを貸し
てやるから漕いでみなよ」
 夫の投げてよこした五番アイアンを使って
漕いでみる。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何
であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなものだからだろ」
 息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。
嫁の前で息子がその背に体を押しつけて、か
け声をかけながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやって見ようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」
 息子は別にスキー板を貸すつもりはないら
しく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越
していく。夫を見ると余裕があるのか、時々
クラブを交換したり、磨いたりしている。
 私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良い
物はないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについてこいよ。ゴールはま
だ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
 夫はそれだけ言うと、両岸の風景を楽しん
でいる。そして、少しずつ遠のいて行く。
 私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
川幅は広くなっていた。風も一層強くなって
きた。櫓がなくっても舟は流されている。

〔発表:平成10年(1998)1月藤代木曜座会/初出:「短説」1998年3月号/再録:「短説」1999年5月号〈年鑑特集号〉*自選集/WEB版初公開〕
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2007年1月11日 (木)

短説:作品「トルソ」(すだとしお)

   トルソ
 
           
すだ としお
 
 私は看板を持って歩き回ることを仕事にし
ている。ある駅に行って看板を手配師にもら
う。ある駅としか書けないのは、駅の名前を
書いてしまうと、同業者が増えて仕事にあぶ
れてしまうことになりかねないからだ。
 手配師は顔しか知らない。名前も知らない
ことにしておく。実は小学校の同級生だ。
 看板はあやしい物ばかりなのだが、実に有
益な情報が掲載されている。死にたい方の手
助けしますとか、内臓探していますとか、愛
犬見つけたら二十万円さしあげますとか、様
々です。見た人が思わずメモを取ってしまう
ほどです。
 けれど、今日は、『生首を募集しています』
という看板を持たされている。いくらなんで
も人殺しではないだろうとは思う。仕事を首
になるなら何度も経験している。そんなので
はない。首だ、人の首。生首ってことなのだ
ろうか? だとしても、ただ生首と書いてあ
るだけで、鰻の首でも鶏の首でもいいのだか
ら、法律には違反しないかもしれない。
 こんな募集に応募してくるやつも、募集す
るやつもほんとにいるのだろうか? 一日の
終りに手配師に看板を返す時に聞いた。
「応募者いました?」
「いたよ」
「ほんとにいたんですか? でも誰が首を欲
しがっているんですか」
「情報源は秘密だ」
「いい金になるんなら、私が首を差し出して
もいいですよ。まさか殺されはしないでしょ
うから」
 そう言ってしまったので、明日、ある場所
へ行かないとならない。逃げるなら今の内だ
が、仕事をなくしてしまうことになる。しか
し、もう右目も腎臓もないのだから……

発表:平成12年(2000)10月東京座会/初出:「短説」2000年12月号/再録:「短説」2001年5月号〈年鑑特集号〉*2000年の代表作「地」位選出作品/〈短説の会〉公式サイトupload:2003.12.19〕
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2006年7月14日 (金)

短説:作品「カルガモ」(船戸山光)

   カルガモ
 
            
船戸山 光
 
 朝の電車の混雑が嫌で、山田は一番電車で
通勤している。
 今日も天気は全国的に晴れで爽やかな一日
だとの天気予報である。
 地下鉄を降りて、階段をゆっくりと上ると
眩しいような天気だ。
 一般の通行を開放しているM物産の御影石
を敷きつめた構内に入ると、珍しく大勢の人
が池の回りに集まっている。
「ああ、そういえば昨日のニュースで、今年
はカルガモの親がそばにいなくてどうしたの
か、と言っていたな」
 独り言を言いながら池の側に近づいて見る
と、数人のカメラマンがおもいおもいにシャ
ッターを切っているところであった。
 百坪程の池の中に、薄茶色の産毛に白い斑
点のあるカルガモが、五、六匹、水深十セン
チ程の水面を泳いでいた。
 何時ものコースを歩いていた山田の目の前
に、群れからはぐれた一匹のカルガモが、よ
ちよちと近づいてきた。体全体をゆすって歩
く姿が、ふと、孫の幸太を思い出させた。
 一匹捕まえて持って行ったら喜ぶだろうな、
そんな事を思いながらポケットに手を入れる
と硬いものが手に触れた。取り出して見ると
プラスチックのピストルだ。昨日、遊んでい
るうちに幸太がいれたのだろう。
 可愛いいカルガモの仕種に誘われて、山田
はピストルを取り出して、カルガモに向けて
引き金を引いた。「バアーン」と大きな音が
してカルガモは横になって動かなくなった。
 カメラマンが、一斉に山田をみた。ガード
マンが、走って来るのが見えた。
 山田は目の前が真っ暗になった。大勢の週
刊誌の記者に囲まれている自分とテレビに大
写しになっている自分が重なった。

〔発表:平成12年(2000)6月藤代木曜座会/初出:「短説」2000年9月号/再録:「短説」2001年9月号/〈短説の会〉公式サイトupload:2006.7.12〕
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